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  <updated>2007-12-20T14:21:03+09:00</updated>
  <author><name>クロキ安曇</name></author>
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    <published>2011-05-16T13:16:04+09:00</published> 
    <updated>2011-05-16T13:16:04+09:00</updated> 
    <category term="SS" label="SS" />
    <title>隣のしんいちくん　2</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　新一は、とかく格好いい男だった。<br />
　元大女優である母親譲りの整った顔立ちは、すれ違う女性を思わず立ち止まらせるほどだし、推理作家である父親譲りの知性は、常に学年五位以内の成績をキープするほどである。その上彼はサッカー部のエースであり、しかもその実力は学生のクラブ活動におさまらず、プロのサッカー選手から声を掛けられるほどであった。<br />
　クラスメートや自称ファンの女の子たちが口々に言う言葉はこうだ――「工藤ってなんでもできるよな」「毎日フランス料理とか食べてそう」「年末年始は当然ハワイでしょ」<br />
　単純に羨む者もいれば、勝手な想像で妬む者までいる。<br />
　実際はと言えば、絶対音感はあるくせに信じられないほどの音痴だったり、放っておけば三食インスタントラーメンどころか食べなかったりだし、休日は一日中家でごろごろしている体たらくなのだが。<br />
　みんな新一に夢を見すぎているのだ。<br />
　しかし悲しいかな、その真実を知っているのは、もう十年以上も新一の世話を見てきた快斗だけだった。<br />
（いや、もちろん母さんと父さんも知ってるんだけど）<br />
　なにせ中学生になったばかりの新一を置いてアメリカに移住してしまった工藤夫妻は、息子の世話を全面的に黒羽家に委任した。置いていく親も親だが、引き受けるうちの親もどうかと思う。<br />
　そうして気づけば、宵っ張りで朝に弱い新一を、快斗が十年間も毎日起こし続けてきたというわけだ。<br />
　寝ぼけ眼にあくびのオプションつきで、それでも「おはようございまーす」と挨拶しながら黒羽邸のリビングに現れた新一は、とてもクラスメートたちが言うような格好いい男には見えない。ネクタイは変な方向にひん曲がっているし、シャツはだらしなくズボンからはみ出しているし、どうにもならない後頭部のヘタのような寝癖は、最早トレードマークになっているし。<br />
　快斗は嘆息しつつも、慣れた手つきで新一の身なりを整えた。乱れたシャツを仕舞うのも、めちゃくちゃなネクタイを結び直すのも、快斗の仕事である。<br />
「おはよう、新一君。今日はまた一段と眠そうねえ」<br />
「はは。昨日出た新刊を読み出したら止まらなくなっちゃって」<br />
「あらっ。昨日の新刊ってことは、優作さんのナイトバロンシリーズね。それじゃあ仕方ないわ、優作さんのファン第一号は新一君だもの」<br />
「やめてくださいよ。確かに父さんの本は面白くないこともないですけど、ファンってほどじゃありません」<br />
「ふふ、新一君もオトシゴロね～」<br />
　千影にからかわれてむくれる新一は、はっきり言って格好悪い。子供っぽくて知的さなど欠片もないし、朝食のパンに齧り付いたまま睨み上げているのだって行儀が悪い。快斗からすれば、こうしてむくれている新一は格好いいというより、むしろ。<br />
（なんか可愛いんだよな&hellip;&hellip;）<br />
　まるでちょっかいを出されて威嚇する小動物のようで――なんて変な方向に思考が飛びかけて、快斗は慌てて首を振った。<br />
　馬鹿な。新一が可愛いなんて有り得ない。<br />
　昔から、新一ほど強烈に凶悪で質の悪い男はいない、と常々思ってきた快斗だ。<br />
　あれは忘れもしない、快斗がまだ小学校二年生だった頃の話だ。快斗が二年生なら、新一だって当然二年生だ。その二年生だった新一が、六年生の上級生を幼稚園児さながらに大泣きさせたことがあった。<br />
　きっかけは至って単純。休み時間のグラウンドの陣地争いだ。快斗たちがサッカーをして遊んでいたところに、後から来た六年生が割り込んできたのだ。年齢差以上にどうにもならない体格差もあり、理不尽を感じながらも快斗たちは引き下がろうとした。<br />
　だが、新一は違った。<br />
<br />
「だったら、試合して俺たちに勝てたら譲ってやるよ」<br />
<br />
　生意気だなんだと感じる以前に、勝負にもならないと思ったのだろう。なにせ、彼らの中にはジュニアに通う者もいたのだから。<br />
　相手は鼻で嗤いながらその話に乗った。<br />
　結果――六年生チームの惨敗。<br />
　当時、ジュニアに通っていたわけでもない新一に次々とゴールを決められ、逆に自分たちのボールは尽く止められて。<br />
　その後、いつの間にか集まっていたたくさんのギャラリーの中で大恥をかかされた彼ら――特にジュニアに通い、サッカーには自信のあった六年生は、逆恨みで新一に嫌がらせをするようになった。出会い頭に暴言を吐く程度なら可愛いものだったのだが、それはだんだんとエスカレートし、靴箱やら私物にまで悪戯をするようになった。<br />
　だが、流石の快斗も心配になりはじめた頃、その嫌がらせがぷつりと途絶えた。<br />
　どうしたのかと新一に尋ねてみれば、あっさりと。<br />
<br />
「ああ、奴らが人の私物に悪戯している現場を押さえて、奴らの親に直談判したんだ。これは器物損害、立派な犯罪ですがどうしてくれますか、ってな」<br />
<br />
　どうやら教室に仕込んでおいたデジカメで犯行場面を押さえたらしいが、それにしても、その言動のあまりの子供らしくなさに、快斗は驚いたというよりむしろ引いた。流石は推理作家の息子というか、やることが突き抜けている。<br />
　しかも、そんなことをすれば余計に反感を買うのではないかと心配する快斗に、新一はまたもあっさりとこう答えた。<br />
<br />
「心配すんなって。『今度はチームとして試合がしたいな。お兄さんのサッカー、とっても上手かったから』って、ちゃ～んとフォローいれといたからさ」<br />
<br />
　ガキみたいに大泣きしてたくせに、あの後妙に懐かれちまって鬱陶しいくらいだぜ――などと宣う新一に、快斗は最早どん引きだった。飴と鞭を使い分ける小学二年生。そんな言葉が脳裏を過ぎった。<br />
　あれから数年。<br />
　数え切れないほどの新一武勇伝を目にしてきた快斗にとって、工藤新一という男は絶対に敵に回してはならない、強烈に凶悪で質の悪い男だと常々思ってきたし、そう思っていることを本人にも隠さずにきた。<br />
　それなのに。<br />
<br />
「かいとー、今日暇？」<br />
「暇だけど&hellip;&hellip;試験期間中&hellip;&hellip;」<br />
「バーロー、俺もお前も試験勉強なんて必要ねーだろ」<br />
　その通りだ。新一は常に学年五位以内の成績だし、自慢じゃないが、快斗は学年一位以外の成績を取ったことがない。しかも二人とも授業時間外の、所謂『試験勉強』をしたことがないのだから、クラスメートに知られたら恨まれそうな話である。まあその分、日頃の勉強を欠かさないのだが。<br />
　快斗がなにも言えずにいると、新一はまたあの笑顔を浮かべた。<br />
「部活もねえし、久々にどっか遊びに行こうぜ」<br />
　そうしてまた、心臓が馬鹿になる。<br />
　楽しそうに笑う新一は、やっぱり可愛かった。<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>クロキ安曇</name>
        </author>
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    <id>avalonist.blog.shinobi.jp://entry/27</id>
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    <published>2011-05-15T22:37:06+09:00</published> 
    <updated>2011-05-15T22:37:06+09:00</updated> 
    <category term="SS" label="SS" />
    <title>隣のしんいちくん　1</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　恋をすると、女の子は可愛くなるらしい。<br />
　じゃあ、男はどうなんだろうか。<br />
<br />
<br />
<br />
「快斗ー、そろそろ新一君起こしてきてくれるー？」<br />
　階段下からかけられた母親の声に、自室で制服に着替えていた快斗は「はーい」と叫び返した。<br />
　もう十年以上も続けている習慣は既に生活のルーティンであり、高校生という気難しい年頃であっても、その頼まれごとを面倒に感じることもない。<br />
　快斗は自室の窓を開けると、正面――およそ二メートル弱ほど離れた先にあるバルコニーへ、慣れた仕草で飛び移った。たまたま通り掛かった人が見たら思わず目を剥いて驚きそうな光景だが、幸運なことに、通報されたことはまだ一度もない――何度か家主にされかかったことを除けば。<br />
　その家主を起こすため、快斗は今では開けっ放しになっているバルコニーの窓を開け、中に入った。<br />
　ちなみに、危ないからちゃんと鍵を掛けて寝ろ、と何度も忠告しているのだが、毎朝ピッキングして不法侵入されるよりマシだとの、快斗にはイマイチよく分からない理屈によって今のところねじ伏せられている。解決策としては快斗が玄関から鍵を使って入れば万事解決するのだが、毎朝のルーティンだからこそ、無駄な時間は短縮したい快斗だ。三秒で済む移動にわざわざ一分もかける理由がない、というのが快斗の主張だった。<br />
　その家主は、相も変わらず健やかに眠っていた。<br />
　――工藤新一。<br />
　快斗の隣に住む同い年の同級生で、幼少時代からずっと連んできた幼馴染みだ。<br />
　このねぼすけの幼馴染みを毎朝起こすのが快斗の日課だった。<br />
（そもそも、新一が自分で起きればいいんだよな）<br />
　そうすれば無用心だ不法侵入だと言い争う必要はない。<br />
　しかし、だ。<br />
「新一、朝だぞ。起きろよ」<br />
　呼びかけながら軽く肩を揺すれば、新一は鬱陶しそうに身を縮めて。<br />
<br />
「うーん、あと五時間&hellip;&hellip;」<br />
<br />
　ぷちん、と快斗の血管が切れた。<br />
「アホかー！　そこは普通、五分だろ！　五時間も寝てる余裕があったら起こしにくるわけねーだろが！」<br />
　盛大に喚きながら布団を剥ぎ取ってやれば、布団に引きずられて床に墜落したらしい新一から、ごん、という鈍い音が聞こえてきた。しかしながら、同情の余地はない。<br />
「う～～&hellip;&hellip;いってえなぁ。なにすんだよ、快斗」<br />
　どうやらおでこをぶつけたらしい新一が額を押さえながら、涙の浮かんだ目で睨み上げてきた。<br />
　その睨みを、快斗はさらっと無視した。<br />
「さっさと起きない新一が悪い」<br />
「仕方ねーだろ。俺はまだ三時間も寝てねーんだよ」<br />
「どうせ本でも読んでたんだろ。自業自得だ。やっぱり新一が悪い」<br />
「う～～&hellip;&hellip;」<br />
「唸っても駄目。早くしないと朝飯食いっぱぐれるぜ」<br />
　新一はまだ眠さと不満と格闘しているようだったが、快斗は布団をベッドに戻すと床に座ったままの新一を引き起こし、ぶつけたらしい額がこぶになっていないか確かめた。あの大女優、藤峰有希子譲りの美貌に傷でもつけようものなら、彼女の大ファンである母親に大目玉を食らう。なにより、新一が落ちたのはたまたまで、怪我をさせるつもりなどなかったのだから。<br />
　だが、心配はいらなかった。こう見えて新一は案外丈夫なのだ。<br />
「ちょっと赤くなってるけど、これならすぐひくだろ。顔洗って着替えたら飯食いに来いよ。早くしないと冷めちまうからな」<br />
　新一は渋い顔をしながらもこっくりと頷いた。<br />
　それを確認して、自室へ戻ろうとバルコニーの手すりに手を置いた快斗に、新一が「あ、そうだ、快斗」と声をかける。<br />
　振り向いた快斗に、新一はにこっと笑いながら言った。<br />
<br />
「おはよ、快斗」<br />
<br />
　――まただ、と快斗は思った。<br />
　快斗の心臓は、ときどきバカになる。<br />
　特にこうして何気なく新一に笑いかけられたとき、それはよく起こった。<br />
　バクバクと鼓動が早くなり、ともすれば顔が赤くなりそうになる。それを知られるのはなんだかひどくマズイ気がして、快斗は「さっさとしろよ」と愛想なく言い放ち、自室に飛び移った。<br />
　窓を閉め、カーテンも閉め、深い溜息を吐きながらずるずると壁に預けた背中を擦りながらしゃがみ込む。<br />
　恋をすると、女の子は可愛くなるらしい。<br />
　ならきっと、男も恋をすれば可愛くなるんだろう。<br />
　にっこり笑う新一があんなに可愛く見えるのはきっとそのせいだと、快斗は呪文のように自分に言い聞かせた。<br />
<br /><br /><a href="http://avalonist.blog.shinobi.jp/ss/%E9%9A%A3%E3%81%AE%E3%81%97%E3%82%93%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%82%93%E3%80%801" target="_blank">BOYAKI</a>]]> 
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    <author>
            <name>クロキ安曇</name>
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    <id>avalonist.blog.shinobi.jp://entry/21</id>
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    <published>2010-12-22T13:15:00+09:00</published> 
    <updated>2010-12-22T13:15:00+09:00</updated> 
    <category term="SS" label="SS" />
    <title>蜜月のささやき　20</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　新一は夢を見ていた。<br />
　そうだ、これは夢だ。夢でなければ、どうして自分の前から姿を消した友人が、以前と変わらない笑みを浮かべながらこちらを見下ろしているのか。<br />
　ジンと鼻の奥が痛くなって、新一は慌てて瞼を閉じた。どうやら涙腺が馬鹿になっているらしい。自分が泣き上戸だったなんて、新一自身知らなかった。なにせ、こんな風に我を失うほど酒を飲んだことなど今までなかったのだから。<br />
　そこまで考えて、ああやはりこれは夢なのだと再認識した。自分は服部と酒を飲んでいたはずで、つまり、自宅のベッドで寝ているはずも、その脇に腰かけた友人にあやすように髪を撫でられているはずもないのだから。<br />
　でも、夢だと思えば、余計に泣きたくなった。<br />
　なんだかんだと言い訳してみても、結局のところ新一は彼に会いたかったのだ。会って、喋って、以前のように他愛のないことで笑い合って。そうやってずっと一緒にいたい。それが本心だった。<br />
「&hellip;黒羽&hellip;&hellip;」<br />
　名前を呼べば、友人は尚一層柔らかい笑みを浮かべてくれる。<br />
　新一はこくりと唾を飲み込んだ。<br />
　普段なら見栄やらプライドやらに邪魔をされて口に出せないことも、夢の中なら言えるかも知れない。<br />
　それなら、と。<br />
「――&hellip;ごめん」<br />
　幽かな呟きを、友人は笑顔で受け止めてくれた。<br />
　それに力を得て、新一は堰を切ったように言葉を綴った。<br />
「忘れて、ごめん。気づかなくて、ごめん&hellip;。蘭に振られた俺を、お前は精一杯慰めてくれたのに。俺はお前を慰めるどころか、傷つけることしかしてなかったなんて。鈍い鈍いって散々言われてたのに、それさえなんでそう言われるのかも分からなくて&hellip;&hellip;。ほんと、ごめん&hellip;&hellip;」<br />
　彼の『好き』が、友だちの『好き』じゃないなんて分からなかった。彼だけじゃない、服部の言うことが正しいなら、もしかしたらもっとたくさんの人を傷つけてきたのかも知れない。<br />
　でも、誰よりも、彼を傷つけてしまったことが辛い。<br />
「新一」<br />
　柔らかく微笑む彼は、その笑みよりもずっと優しい手つきで頬を撫でてくれた。<br />
「俺のこと、嫌じゃないの？　男の俺に好かれて、気持ち悪いとは思わないの？」<br />
「――そんなこと、絶対思わねえ！」<br />
　迷うまでもなくきっぱりと否定する。それだけは断言できる。告白されたあの時だって、突然のことに困惑はしたけれど、気持ち悪いなんて少しも思わなかった。それどころか、嬉しいと思ったくらいだ。だって彼の好きな人が自分なら、男でも女でも、彼の一番は自分ということなのだから。<br />
　すると友人は、まるで現実の彼のように嬉しそうに微笑んだ。<br />
「じゃあ俺は新一を好きでいてもいいの？」<br />
「それは、&hellip;&hellip;だってそんなの、やめようと思ってやめられるもんじゃないし&hellip;&hellip;」<br />
「でも俺、新一に恋人ができたりなんかしたら黙ってられないよ。だって俺がなりたいのは新一の友だちじゃなくて、恋人なんだから」<br />
　新一は思わず言葉に詰まった。夢のくせに鋭い切り返しをしてくる。<br />
　――彼と恋人同士になる？<br />
　それはつまりどういうことかと想像してみるが、なにひとつとして具体的なものが思い浮かばなかった。<br />
　毎日会って、同じ時を過ごして、笑い合って。そんなことは、友人である今となにも変わらない。では恋人同士とはなにを指してそういうのかと考えてみても、それこそが新一には分からなかった。人を好きになったことはあるけれど、人と付き合ったことはないのだから仕方ないのかも知れない。<br />
　そんな新一の心の裏を読み取って、夢の中の友人は噛み砕くようにして言った。<br />
「毎日、新一のことを考えるんだ。振り払っても振り払っても、俺の意志なんかおかまいなしにお前のことで頭がいっぱいになった。気づけばずっと目で追いかけちまうし、姿が見えないと落ち着かなくて。だからずっと傍にいたいと思った。俺じゃない誰かが隣にいればムカついて、親しそうに話していれば苦しくなった。でも、お前が俺に笑いかけてくれたら、それだけで死ねそうなくらい嬉しくなった。どきどきして、やっぱり苦しくて。だけど、それがどうしようもなく幸せなんだ。<br />
<br />
　――それが好きってことだろ？」<br />
<br />
　新一は目を瞬いた。<br />
　その人のことを、毎日考える。姿が見えないだけで不安になる。誰かと一緒にいれば腹を立てて、笑いかけられればどきどきして、嬉しくて、幸せで。<br />
　それは、まるきりこの友人のことだった。<br />
　会えない間、彼のことばかり考えていた。いや、毎日会っていた時でさえ、彼のことを考えない日はなかった。唯一飛んでしまうときと言えば事件のときくらいだが、それだって事件が解決すれば、真っ先に彼のことを考えていた。早く帰らなければ彼が心配するだろう、と。<br />
　彼が姿を眩ましてからは、悲しくて苦しくて堪らなかった。自分にそうしてくれたように、どこかで誰かに笑いかけているのかと思えば、嫌で嫌で堪らなかった。夢だと分かっていても、笑いかけてくれただけで泣きそうなほど嬉しかった。<br />
　それが『好き』だということなら。<br />
「俺は&hellip;&hellip;黒羽が『好き』なのか&hellip;&hellip;？」<br />
　それには答えず、友人はただ微笑った。言わなくても分かっているだろうとばかりに。<br />
　確かに、新一にももう分かるような気がした。<br />
　たぶん、自分は彼のことが好きなのだ。ただ考えたこともなかっただけで、きっともうずっと前から彼を好きになっていたのだろう。だって、『好き』というその言葉を噛み締めれば噛み締めるほどに、甘い疼きとともにじわりと胸が温まるのだから。<br />
　ああ、だけど。<br />
「無理だ&hellip;&hellip;そんなこと、言えるわけない&hellip;&hellip;」<br />
　新一はくしゃりと顔を歪めた。<br />
「新一？」<br />
　心配そうに覗き込んでくる友人、けれどそれは自分の願望が生み出した幻にすぎない。現実の彼は、きっともうこんな風に親しげに名を呼んでくれることさえないだろう。<br />
　なぜなら。<br />
「だって俺は、お前に告白されたことも忘れちまうような、最低な男なんだ。それなのに今更『好き』だなんて、そんな都合のいいこと言えるわけない&hellip;！」<br />
　自分の告白は覚えておくほどの価値もなかった――その言葉がショックで、あれから新一はずっと思い出そうと努力してきた。けれどどんなに記憶を遡っても、どうしても思い出せなかった。大学の入学式、それが新一の中の最も古い黒羽快斗との記憶だった。<br />
　こんな不誠実な男を、彼は決して許してくれないだろう。<br />
　そう思って今にも泣きそうに顔を歪めた新一だったが、友人はなぜか嬉しそうに笑った。<br />
　そしてその笑みを不意にシニカルなものに変えたかと思うと。<br />
「そんなに思い出したいなら、思い出させてあげるよ」<br />
　すっと立ち上がり、差し出された指先と口元で唐突なカウントダウンが刻まれる。それがゼロを刻むと同時に破裂音が響き渡り、視界を瞬間的に奪う煙幕が張られた。<br />
　突然のことにただ傍観するしかなかった新一は、次の瞬間――室内を支配する冷涼な空気に、思わず背筋を震わせた。ぞくりと背中を這い昇る、けれど少しも不快ではない、どこか懐かしくさえあるその気配は――&hellip;<br />
<br />
「久しぶりだな――名探偵」<br />
<br />
　白い衣装を纏った怪盗が――世間から姿を眩ませて久しい怪盗が、あの頃と少しも変わらない優美な姿でそこに立っていた。<br />
「は&hellip;&hellip;、キッド？　&hellip;&hellip;え？　黒羽、が&hellip;&hellip;」<br />
　そんな馬鹿な。いや、これは夢なのだ。だが、ということは、心の奥底で友人が怪盗だと疑っていたとでも言うのか。そんなこと、これまで思いもしなかったのに。<br />
　思考を空転させる新一に、怪盗キッドは殊更穏やかに告げた。<br />
「言っておくけど、これは夢じゃないぜ？　西の探偵と飲んで潰れちまったオメーを連れて帰ったのは俺だ」<br />
「&hellip;&hellip;え？」<br />
「怪盗キッドの正体は、黒羽快斗なんだよ」<br />
　そう言ってキッドは――黒羽快斗は優雅に一礼してみせた。<br />
「覚えてるか、名探偵。あの日、お前が工藤新一の姿を取り戻してから初めて俺の現場に来た時に、俺がお前に言ったことを」<br />
「あの日&hellip;&hellip;？」<br />
　まだ思考が覚束ないのは、飲み過ぎた酒のせいなのか。<br />
　それとも、何もかも唐突すぎる展開のせいなのか。<br />
<br />
「『お前のことが好きなんだ。もうずっと、お前のことしか考えられないくらいに。だから、叶うなら、俺と付き合ってくれないか？』」<br />
<br />
　そう言って新一の前に跪き、その手を取って口付ける。<br />
　その気障ったらしい、なのに妙に様になる姿。<br />
　――思い出した。<br />
　あれは確かに三年前、コナンから工藤新一へと戻ってすぐ、新一は怪盗に会うために現場に行った。ひとつはコナン時代に何度も煮え湯を飲まされた好敵手に宣戦布告をするために、そしてもうひとつは幾多の死線をともに乗り越えた戦友に帰還報告をするために。<br />
　そこで言われたその言葉があまりに面映ゆくて、はにかみながらもこう返したのを覚えている。<br />
<br />
『バーロー、男同士で好きなんて、照れんじゃねーかよ。そりゃ、俺だってお前のことはこれでも気に入ってんだぜ？　お前が怪盗なんてもんしてなきゃ、たぶんスッゲー気の合うダチにでもなれたんじゃねーかって思っちまうくらいにはな。でも俺は探偵だから、そのケジメはつけなくちゃならねえ。だから悪ぃけど、お前と遊んでやれるのは現場でだけだ。いつかお前が表舞台に立つときが来るなら、その時は、ひとりの観客としてお前のマジックを素直に楽しんでみたいと、心からそう思うよ』<br />
<br />
　――そうだ。あの時の自分は、怪盗の言葉をただ額面通りに受け取って、遊びにでも誘われているものだと思ったのだ。あれをなにもないときに言われたのなら流石に奇妙にも感じただろうが、工藤新一の姿を取り戻した直後だったから、自分の生還を喜んでくれてのことだと思ってしまったのだ。今思えば、なんという勘違いだろう。<br />
「あれは流石にショックだったな。いくらポジティブがモットーの俺でも、まず間違いなく断られるだろうと玉砕覚悟で挑んだ大告白を、全力でスルーだもんな。名探偵にとっての俺が恋愛対象として如何に大気圏外の存在なのか、よくよく思い知ったよ」<br />
　戯けた物言いをしているが、当時の彼がどれほど傷ついたのか、想像に難くない。新一とて、蘭に振られたときには相当落ち込んだ。この友人がいなければ未だに引きずっていたかも知れない。<br />
　最早返す言葉もない新一だったが、友人は責めるどころか嬉しそうに微笑みかけながらこんなことを言うのだ。<br />
「もう三年も片思いだ。それでも、どうしても、お前のことが諦められないんだ。新一じゃなきゃ駄目なんだ」<br />
「黒羽&hellip;&hellip;」<br />
「今度こそ、ちゃんと答えてくれ。<br />
<br />
　新一が好きだ。俺の恋人になってくれないか？」<br />
<br />
　――本気を出した魔術師に、いったい誰が敵うというのか。<br />
　既に心の全てを奪われていた新一が、その甘いささやきに逆らえるはずもなく。<br />
<br />
「&hellip;&hellip;俺、も&hellip;&hellip;お前が好きだ――快斗」<br />
<br />
<br />
<br />
　そうして、怪盗の長い片思いは終わりを告げた。<br />
　けれど晴れて恋人同士となった彼らが変わったことと言えば、その見るからに甘ったるい空気――は以前から変わらないので、以前はただささやかれるばかりだった睦言を、新一からも恋人にささやくようになったことだけ、なのだとか。<br />
　はたして蜜月はいつまで続くのか。<br />
　それは神と、月を加護に持つ魔術師のみが知るそうな。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
終わり！]]> 
    </content>
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            <name>クロキ安曇</name>
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    <published>2010-12-21T00:54:05+09:00</published> 
    <updated>2010-12-21T00:54:05+09:00</updated> 
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    <title>蜜月のささやき　19</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　今時の学生らしく、カジュアルながらも周囲を意識したファッションは、流石は新進気鋭のマジシャンというべきか。ただ立っているだけなのにまるでモデルさながらの迫力がある。<br />
　服部はすぐにその男が件の人物――黒羽快斗であることに気がついた。そもそもテレビや雑誌に引っ張りだこのこの顔を知らない者はそういないだろう。<br />
「おまえ&hellip;&hellip;黒羽やな？」<br />
「そうだよ。新一の世話、ご苦労さん。もうお役御免だから服部クンは帰っていいよ」<br />
　わざとだろう、しれっと大層失礼なことをほざきながら、満面の笑みを向けられる。いっそ幻聴かと疑いたくなるほどの見事な笑みだ。<br />
　服部は思わず感心してしまった。これまで工藤新一ほど不遜で独尊な男はこの世にいまい、と思っていた服部だが、この黒羽快斗はその彼を軽く上回っている。<br />
　ただの身の程知らずか、それとも工藤新一に見合う人物なのか――その答えは、少なくとも前者では有り得なかった。<br />
「自分、確信犯やな。今まで酔ったフリで工藤のこと騙しとったんやろ」<br />
「人聞きが悪いな。俺は人前で酔ったことなんか一度もないよ。だから『酔ったフリ』だってしてない」<br />
「ほーォ。フリやなくてもそう思い込ませたんやろが」<br />
「新一がそう思ったんなら、そうかもね」<br />
　のらりくらりと攻撃を交わす相手に、なぜだか楽しくなってくる。<br />
　ここは普通、友人を誑かした悪人として糾弾すべきシーンなのだろうが、彼の口舌を聞いていると、なぜか自分の中の競争心や探求心といったものをくすぐられ、思わず探偵としての食指が動いてしまうのだ。隠されたものを暴きたくなるのは最早探偵の性だが、彼はその探偵である自分から言葉ひとつで巧みに真実を隠している。やはり、ただ者ではない。<br />
「まあそういうことにしといたるわ。それより俺が聞きたいんは、なんでアンタがそんなまどろっこしい真似したんか、や」<br />
　ま、大体予想はついとるけどな、とかまをかければ、黒羽は嫌そうに眉を寄せた。<br />
「要するに、アンタは慣らしとったんやろ。工藤の中に欠片も存在せえへん同性への意識が生まれるように、『酒』に託けてぐっだぐだに口説いとったんや。そうやろ？」<br />
　同性からの本気の告白は理解できなくても、酔って（新一曰く）女と間違われての告白なら新一も認識できるのだ。『告白』そのものを認識できないのと、人違いでも認識できるのとでは全く違う。そうして徐々に慣らしていくことで同性という垣根を崩し、『黒羽快斗』という個人を恋愛対象として認識させた。現に、新一にとっての黒羽は既に恋愛対象である。本人に自覚がないだけで、黒羽の恋人にまで嫉妬するほどの独占欲を抱くということは、そういうことだ。<br />
　考えてみれば、なんと狡猾なことか。工藤新一という人物を理解し、かつ、手に入れるためになにをすればいいのかを的確に分析し、それを実行してきたのだ。今日までずっと。<br />
「ほんま、ワルイ男やで。どこまで狙ってやってるんや」<br />
　相手がおそろしく頭の切れる男であることはもう分かっている。そもそも日本の最高学府に通う身で、その上プロのマジシャンで、あの新一すら手玉に取るような男だ。なにを言われたところでちょっとやそっとのことでは驚くまい、と思っていた服部だったが。<br />
<br />
「――全部。なにもかも、新一に惚れて振られてからの行動全てが、新一を口説きおとすためのものだ」<br />
<br />
　その返答には、思わず唖然とした。<br />
「東都大に入ったのも、同じ学部を選んだのも。それどころかマジシャンになったのだって、全部新一を手に入れるためだ」<br />
「う、うそやろ&hellip;？　工藤のためにマジシャンになったやて？」<br />
「そうだ。もとからの夢でもあったんだけどな。マジシャンになること自体諦めかけた時期もあったし、なれてももっとずっと先のことだろうと思ってた。だから今俺がこうしてマジシャンでいられるのは、新一の言葉があったからだ」<br />
　そんな馬鹿な。世界のクロバが、この激鈍探偵の言葉ひとつで生まれたなんて。世界中のファンが聞いたらショックのあまり卒倒しそうだ。<br />
　服部はもう呆れ返った。呆れ返ったが、納得もした。工藤新一を口説き落とすなら、この男ぐらいぶっ飛んでいなければとても成せることではないのだろう。毛利蘭は確かによくできた幼馴染みだったが、よくできすぎて、新一にはきっと勿体なかったのだ。そう思えば、破れ鍋に綴じ蓋というか、これ以上似合いの二人もそういないように思えてくるから不思議だった。<br />
「ほんま、よォやるわ。自分、趣味悪いて言われへんか？」<br />
　こんな面倒くさい男のどこがいいのかと、工藤新一という男の数え切れない欠点を知りながら、同時に誰よりも彼の魅力をよく知る親友は嘯く。<br />
　けれど相手の方がやはり上手だった。　<br />
「新一の魅力は俺だけが知ってればいいんだよ。他の奴になんか、勿体なくて教えられるか」<br />
　そう言って微笑みながら睨みつけてくるマジシャンに、服部が敵うはずもなかった。<br />
　黒羽は話している間も全く起きる気配のなかった新一を抱え直すと、もう話は済んだとばかりに踵を返した。<br />
　特に引き留める理由のない服部も黙って見送ろうとしたのだが、ふと黒羽が振り返ったかと思うと。<br />
「そうだ、服部クン。『親友』の間は我慢してきたけど、『恋人』になったら遠慮しないから、俺」<br />
　そんなことを言われ、服部は思わず半眼になって温い笑みを零した。<br />
「へーへー。アンタがおらんとこで二人きりで会わんかったらええねんやろ」<br />
「ご理解頂けてなにより」<br />
　器用にも優雅に一礼して、今度こそ黒羽は店を出ていく。しっかりと釘を差すことを忘れないあたり、今日のこの二人きりでの飲み会にはかなり不満を感じていたのだろう。いや、あの独占欲を見る限り、きっと新一と会う人全てに嫉妬していたに違いない。<br />
「工藤もエラい男に引っかかったもんや。いや、ちゃうか。エラい男を引っかけたんか」<br />
　魅了されたのは明らかに黒羽の方だ。その黒羽に振り回されている今は、どっちもどっちといったところだが。<br />
　気づけばすっかり注目を浴びていた服部はさっさと会計を済ませると（と言っても新一の分はきっちり黒羽が払っていったようで、自分が飲み食いした分の料金で済んだ）、逃げるように店を後にした。よく顔の売れた男が三人、人目も憚らずあんな遣り取りをしていたのだ。明日には耳聡い週刊誌あたりが紙面を騒ぎ立てているかも知れない。しかし単に気が回らなかっただけの服部と違って、黒羽は確実に気づいていながらの故意だろう。つまり、なんと噂されようが痛くも痒くもない、ということだ。気の毒なのは新一だが、それもあの口の上手い男だどうにかするだろう。<br />
「ま、君子は危うきに近寄らず、やな。お邪魔虫はとっとと退散しよか」<br />
　今夜の宿を無くした服部だが、馬に蹴られるよりは宿泊代を取られた方がマシだと、上機嫌で流れているタクシーを拾った。<br />
　それにしても、ひとつだけ気になることと言えば。<br />
「なーんやアイツ、あの口調といい気配といい、誰かを思い出すんやけど、誰やったっけな？」<br />
　服部はひとり、首を傾げていた。<br />
<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>クロキ安曇</name>
        </author>
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    <id>avalonist.blog.shinobi.jp://entry/19</id>
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    <published>2010-10-24T22:59:25+09:00</published> 
    <updated>2010-10-24T22:59:25+09:00</updated> 
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    <title>蜜月のささやき　18</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
「――なんなんだよ、黒羽のやつ！」<br />
<br />
　ドンッ、と派手に音を立てながら、空になったグラスをテーブルに叩き付ける。<br />
　既に何杯目になるか分からないその中身は、もちろん水などではなく酒――焼酎が入っていた。<br />
　水で割っているとはいえ、量を飲めば当然酔う。ただでさえ例の薬の影響で酒に弱い新一は、既に泥水の域だった。<br />
「俺がなにしたってんだよ！」<br />
「ちょお工藤、もうそのへんにしといた方がええんとちゃうか？」<br />
「なんだよ服部、オメーはあいつの肩を持つのかっ？」<br />
　肩を持つもなにも、新一の言うあいつ――黒羽快斗なる人物がどういう男か全く知らない服部は、絡んでくる新一に辟易しながらも、持ち前の人の好さの所為で無下にすることもできずに「そういうわけやないけど&hellip;」と律儀に返した。<br />
　そもそも関西の大学に進学した服部がなぜ東都の居酒屋でこうして新一と肩を並べて酒を飲んでいるのかと言えば、唯我独尊探偵に「今すぐ来い」とメールで呼び出されたからだ。それだけで来てしまう自分を自分でもどうかと思う服部だが、自分から押しかけることはあっても滅多なことでは呼び出さない相手だからこそ、なにかあったのかと慌てて飛び出してきたのだ、が&hellip;&hellip;。<br />
「ちゃんと聞いてんのかよ、服部！」<br />
　泥酔した名探偵工藤新一に絡まれるとは、まさか思いもしなかった。<br />
　それも――恋愛相談をされるとは。しかも――男同士の。<br />
　まさかもまさかだ。服部は自分の人の好さを心底恨んだ。<br />
「ちゃんと聞いとるって。要するに、その色男の黒羽に会えんようなって寂しいっちゅーねんやろ？」<br />
「な、ちが&hellip;っ」<br />
　新一の顔が赤くなる。<br />
　いやいや、もとから赤かったはずだ。なにせこの名探偵は泥水しているのだから。赤いのはアルコールの所為であって、図星を指されて照れているからなどでは断じてない。その証拠に、「そそそんなわけあるわけないだろ！」と本人も否定しているではないか。<br />
　&hellip;&hellip;どもっている辺りが果てしなく怪しいが、突っ込んだら負けだ。<br />
「まあ、どっちでもええねんけど。そんで工藤はどないしたいん？」<br />
「ど、どうって&hellip;」<br />
「男に告られて気色ワルゥー、ゆうんやったらこのまま放っといたらええし、また前みたいに会いたいんやったら、探したらええやん？」<br />
　新一の話を聞く限り、はっきりと断ったわけではないようだから、好きな相手が本気で自分を捜していると知ったら姿を現すはずだと服部は睨んでいた。振られたショックで大学を辞めてしまったというならまだしも、相手はちゃんと在学しているのだし、まだきちんとした返事も聞いていないのだから、その可能性は低くないはずだ。ちゃんと通学していながら新一にも姿を見せない辺りは、流石は人気絶頂のマジシャンと言うべきか。<br />
「そんな気色悪いなんて&hellip;それに、探したけど見つからなかったんだから仕方ねーだろ&hellip;」<br />
　さっきまでの勢いはどうしたのか、そう言ってしょんぼりと項垂れる新一を見ていると妙に心が痛む。<br />
　しかしそこは付き合いの長い服部平次、そんな罪悪感に流されることもなかった。<br />
「そら出てくるわけないやろ。だって工藤、会ってなんて言うつもりなん？」<br />
「なにって&hellip;別に&hellip;」<br />
　口籠もる新一に、服部は呆れたように溜息を吐いた。<br />
「ちゃんと分かってるか？　自分、告白されてんねんぞ。イエスなりノーなり言うことがあるやろが」<br />
「&hellip;&hellip;でも、あいつはなにも聞かなかったし」<br />
「アホか。それでも答えるんがマナーやろが」<br />
　このまま離れるにしても元の関係に戻るにしても、新一が答えを出さなければどこにも進めない。告白をなかったことにして元の関係に戻る、という選択肢もあるが――というか、新一はそれを望んでいるのだろうが、それでいいなら相手は始めから姿を眩ましたりしないだろう。<br />
　普段の彼ならそれが分からないわけもないのに、恋愛音痴の探偵はどうやら自分が当事者になると途端に目が曇ってしまうらしい。<br />
　空のグラスの中でじわじわと溶けていく氷を睨みながら、新一は拗ねたように言った。<br />
「だって&hellip;なんて答えればいいんだ？　男から告白されたのなんて初めてだし、まして黒羽は友だちだ。好きか嫌いかと聞かれたら、好きに決まってる。一緒にいて楽しいし、男でも女でも、俺以外の誰かがあいつの一番近くにいるなんて、絶対に嫌だ。今だって、俺の知らない誰かと一緒にいるのかと思うとムカムカする。そんな風に独占したいと思うのは、黒羽のことが好きだからだ。<br />
　でも、それってあくまで友だちの好きだろ？」<br />
　服部は――ガックリと肩を落とした。<br />
　なにが「友だちの好き」や。いっぺんしばいたろかと、心中で独りごちた。<br />
「なんや&hellip;全く知らんけど、その黒羽っちゅーやつが気の毒になってきたわ」<br />
「なんだよそれ！」<br />
「鈍いにもほどがあるやろ。わざと言うとるんやったらまだしも、天然とか、そっちの方がよっぽど質悪いわ」<br />
「はあ？　なんの話をしてんだよ」<br />
「お前の話に決まっとるやろが、この鈍感男」<br />
　酔いと怒りで赤く染まった新一の額を拳で小突く。生憎と密度の高すぎる脳みそがカラコロ鳴ることはなかったが、「なにすんだよ」と頬を膨らませている新一の顔を服部はまじまじと見返した。<br />
　この、整いすぎた顔が悪いのだ。中身はとんでもなく凶悪だというのに、この美貌とも呼ぶべき整った容姿が人の目を狂わせているに違いない。<br />
　工藤新一という男は、老若男女の分け隔て無く、とにかくよくモテた。それは服部自身にも言えることだが、彼と服部が大きく違うのは、それを自覚しているかしていないかだ。<br />
　実を言えば服部自身、同性から告白されたことは何度かあった。人気と知名度ならアイドルにも負けない有名探偵なのだから、それも仕方のないことなのだと今なら分かる。だから新一が男に告白されたからと言って別段驚きはない。<br />
　問題は、男からも恋情を向けられているという事実を新一が認識できていない点だ。<br />
　おそらく彼は同性愛という嗜好の存在を認識していても、その対象に自分がなる可能性が彼の中には一切存在しないのだ。だから「男から告白されたのは初めてだ」などと言えるのだろう。<br />
　服部にしてみれば、それはとんでもない勘違いだった。<br />
「工藤、お前、今までに男のダチから『好きや』て言われたこと、何回ぐらいある？」<br />
「何回って&hellip;んなもん覚えてるわけないだろ」<br />
「あるんやな？」<br />
「まあ&hellip;」<br />
　それがどうしたんだよ、と新一は怪訝そうに眉を寄せている。<br />
　逆に言えば、このずば抜けた記憶力を誇る探偵をしても覚えきれないほどの数だけ、好きだと言われたことがあるということだろう。これでどうして気づかないのか、全く理解に苦しむ。<br />
　服部はいかにも呆れたように額を押さえながら盛大な溜息を吐いてやった。<br />
「あんなあ、ダチ同士、それも男同士で、そんなしょっちゅうスキスキ言うわけないやろ。工藤は俺の親友やけど、スキやなんて、さぶぅて冗談でもよぉ口にせんわ」<br />
「へ？」<br />
「そら、そいつらがお前に告白しとったんや」<br />
「はあ！？　だって俺、男だぞ！？　男が男にそうホイホイ惚れるかよ！」<br />
「せやから、工藤がそんだけ魅力的やっちゅーことやろ？　俺かて、初めて工藤を見た時は痺れたしなあ」<br />
　あの時は江戸川コナンが工藤新一だなんて思いもしなかったから、突如現れた彼が電光石火の速さで事件を解決したのを見て、まさに雷に撃たれたような衝撃を受けたものだ。極めつけに、あの言葉だ。「推理には上も下もない」というあの言葉は、服部の探偵としての在り方を変えるほどのものだった。<br />
　しかしそうは言っても、服部が新一に惚れることはないだろう。<br />
　工藤新一に告白しようなどと思う者は、彼がどういう男か知らない身の程知らずだけだ。深く付き合えば付き合うほど、工藤新一という男がどれほど手の届かない相手か――高嶺の花かを思い知らされる。付き合いの深い者ほどそれを知っているから、告白などしようとも思わないのだ。それはあの毛利蘭でさえも例外ではなく、だからこそ、彼女が新一と付き合うことはなかった。<br />
　だが、そんな新一に初めて「告白」を「告白」として認識させる者が現れたのだ。<br />
　果たしてその黒羽快斗なる男は、ただの身の程知らずなのか、それとも彼に釣り合う人物なのか。<br />
　俄に興味の沸いてきた服部は、いったいどんな人物なのか聞きだそうと隣を向き直り、ぎょっとした。<br />
「ちょ&hellip;っ、工藤！　どないしてん！」<br />
　新一はぼろぼろと両目から涙を零し、しとどに頬を濡らしていた。<br />
　言い過ぎたかと思わず謝りかけた服部だったが、新一は服部など目にも入っていない様子で独りごちた。<br />
「そんな&hellip;『好き』が『告白』だって言うなら、俺、知らない内に何度もあいつを傷つけてたのか&hellip;？」<br />
　つまりは何度も『好き』と言われてきたのかと、服部は最早呆れて言葉もなかった。むしろそれだけ言われてきた『好き』をただの友人としての『好き』としてスルーしてきた新一の方が、ある意味凄いかも知れない。<br />
　それからはすっかり落ち込んでしまった新一を慰めるでもなく放置していた服部だったが、流石に五杯目のグラスが空になった辺りからは、自棄を起こしたように飲みたがる新一を宥めるのに必死にならざるを得なかった。お陰で酔い潰れてしまった新一とは逆にすっかり酔いが醒めてしまった服部だ。<br />
「&hellip;ったく、工藤が泣き上戸やとは知らんかったわ」<br />
　文句を言いながらも二人分の会計を済ませ――もちろん後日きっちり請求するつもりだ――酔っ払い探偵を一人で放り出すわけにもいかないからと――こんな傍迷惑な据え膳を放り出せば、善良な一般市民の十中八九が犯罪者になってしまうのは明白だ――服部は仕方なく酔いどれ探偵の腕を肩に回して担ぎ上げようとした。<br />
　しかし、肩にのし掛かるはずの重みが忽然と消え、思わず「へ？」と間の抜けた声を上げてしまった。<br />
　そして振り向いた先の光景を目にして、そのまま固まってしまった。<br />
<br />
「――こいつに触るな」<br />
<br />
　そう言って鋭く睨みつけてくる見知らぬ男が、眠る新一を軽々と抱き上げ、まるで宝物のように抱き締めていた。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
お、終わら　な　い　・　・　・　ｏｒｚ]]> 
    </content>
    <author>
            <name>クロキ安曇</name>
        </author>
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    <id>avalonist.blog.shinobi.jp://entry/18</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://avalonist.blog.shinobi.jp/ss/%E8%9C%9C%E6%9C%88%E3%81%AE%E3%81%95%E3%81%95%E3%82%84%E3%81%8D%E3%80%8017" />
    <published>2010-09-14T00:44:06+09:00</published> 
    <updated>2010-09-14T00:44:06+09:00</updated> 
    <category term="SS" label="SS" />
    <title>蜜月のささやき　17</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　タクシーが工藤邸に着くと、新一は結局ずっと握られたままだった友人の手を引いてタクシーを降りた。<br />
　いつもならそれこそプロマジシャンらしく完璧なエスコートを披露してみせる友人も、今日ばかりはまるで子供のようにされるがままだ。しっかりと絡められた指は玄関の前に来ても解かれる様子はなく、新一は仕方なく片手で鞄を漁り、取り出した鍵で開錠して中に上がった。そのままリビングに通し、ソファへと先導して友人を座らせる。<br />
　すっかり黙りを決め込んでいる友人の気持ちを落ち着けるためにも、なにか飲み物を用意しようかと思った新一だったが、やんわりと解こうとした指を逆に引っ張られ、気づけばソファに座る友人の膝上に乗り上げる形で抱き締められていた。<br />
「ちょ&hellip;黒羽、」<br />
「頼むから、まだ離れないで」<br />
　胸元に顔を埋められ、腰に回された腕にガッチリとホールドされている。とは言え、きっと新一が本気で抵抗すれば容易く逃れられるのだろう。しかしそんな風に『お願い』されてしまえば、新一にはとてもじゃないが断れなかった。<br />
　仕方なく、自ら解いたはずの指先を友人のふわふわした髪の中に埋め、宥めるように梳いてやる。一瞬、ぴくりと反応をみせた友人は、心地良いのか、されるがままになっている。そうしているとまるできかん気の子供をあやしている気になった。<br />
　そもそもなんで彼を避けていたのか――そんな風に思えてしまうくらい、新一にとってこの距離は自然なもののように思えた。<br />
　一週間、離れてみて思ったのだ。彼と離れているくらいなら、近すぎても傍にいた方がいいと。<br />
　彼にキスをされてびっくりしたけれど、嫌だとは思わなかった。何度もされたから慣れたのかも知れない。けれど他の誰かとなど、慣れるどころかただの一度だってしたくない。正直なところ&hellip;&hellip;女の子とだってできないだろう。人命救助の一環としてならまだしも、そういう妙なところで潔癖なところがあることを新一は自覚している。だから、酔った勢いとは言え何度も唇を重ねてきた彼に、今更嫌悪を抱くなど絶対にあり得ないのだ。<br />
　だったら彼を避ける必要などないような気もするが、やはり新一にとってキスは友人同士で交わすものではなかった。あの時彼がどういうつもりでキスをしてきたのか、それが分からなければやはり以前のような関係には戻れない。<br />
　けれど、ずっと聞けなかったその理由も、今なら聞けるかも知れない。<br />
「――黒羽」<br />
　ゆっくりと体を離して顔を覗き込めば、彼は泣いてこそいなかったけれど、その目は赤く腫れていた。自分が泣かせたのだと思えば、罪悪感を覚えると同時になんだか堪らなくなる。<br />
「落ち着いたか？」<br />
「&hellip;&hellip;迷惑かけて、ごめん」<br />
「バーロー、謝る必要なんかねーだろ。こんなの、ちっとも迷惑じゃねえ」<br />
「だって&hellip;工藤に嫌われたと思ったから、工藤が嫌がることはひとつもしたくなかったんだ&hellip;」<br />
　そう言いながら、自分で言った言葉にこそ傷ついたように友人は顔を歪めた。<br />
　それを見た新一はくっと唇を噛み締めた。<br />
「&hellip;たった&hellip;&hellip;たった一週間じゃねーか。&hellip;俺だって、お前といられなくて&hellip;つまらなかった」<br />
　――嘘だ。つまらないどころか、寂しくて寂しくて堪らなかった。新一こそが、彼と一緒にいたかった。<br />
　けれどそう本音を口にできるほど、新一は素直ではなくて。<br />
「一週間は長すぎるよ。一日だって俺には長いのに。ほんとはずっと工藤と一緒にいたい」<br />
　そんな風に言われ、新一は喜ぶよりも苛立った。<br />
　ずっと一緒にいたい、などと言っても、どうせ彼の方から離れていくくせに。いくら新一が一緒にいたいと思っても、本命とくっついてしまえばその人の方を優先するのだろう。それが当たり前で、それでいいと思いながらも、子供染みた独占欲が納得してくれない。<br />
「バーロー、そんなことでどうすんだよ。彼女ができたら、ずっと俺といるわけにもいかねーだろーが」<br />
　だから、まるで突き放すようにそんなことを言ってしまったのだが。<br />
「彼女なんか作らないよ」<br />
「&hellip;&hellip;へ？」<br />
　きっぱりと否定され、新一は面食らった。<br />
　もう三年も片思いなのだと、本命が諦められないから他の誰とも付き合わないのだと豪語していたくせに、彼女を作らない、なんて。意味が分からない。<br />
「だっておめー、本命のこと諦められないんだろ？」<br />
「うん。絶対諦めないよ」<br />
「だったら、その本命とうまくいったら俺とずっと一緒になんて、」<br />
「うん。そうしたら、工藤とずっと一緒にいられるってことだよね」<br />
　新一は目を瞬いた。またもや意味不明な発言だ。常々理解できない思考回路の持ち主だとは思っていたが、今日はいつにも増して意味が分からない。<br />
　新一が眉を寄せて怪訝な顔をしていると、友人はふと吐息だけで笑った。その、よく見慣れたいつもの柔らかい微笑のようで、どことなく冷たさを孕んでいるような笑みに、なぜか落ち着かなくなる。<br />
　そんな新一の戸惑いに気づいているのかいないのか、友人は笑いながら言った。<br />
<br />
「まだ分かんない？　俺の本命は、工藤――お前だよ」<br />
<br />
　――何。と、思考が一瞬止まる。<br />
　咄嗟に反応できなかったのは、本気で言葉の意味が理解できなかったからだ。予想もしていなかったこと、と言うよりは、その可能性が存在すらしていなかったからだ。今初めて突き付けられた可能性に、新一は本気で混乱していた。<br />
「あ、&hellip;&hellip;え？　俺が、黒羽の本命？」<br />
「そうだよ」<br />
　一切の迷いなく肯定され、ようやく新一の思考も動き出す。<br />
　自分が、彼の本命なのだという。つまり彼は、本来なら異性に抱くべき恋愛感情を自分に対して抱いているということだ。<br />
　そんな、馬鹿な。<br />
　新一は思ったままを口にした。<br />
「有り得ないだろ。俺もお前も男じゃねーか」<br />
「じゃあ工藤は、好きでもない男にキスできるの？」<br />
　それこそ有り得ない。好きでもなければ、女の子とだってキスなんてできない。<br />
　そこまで考えて、自分の中の矛盾に気がついた。<br />
　好きでなければ女の子ともキスできない、ということは、もう何度もキスしたこの友人のことを、自分は好きだということなのか？<br />
　――そんな馬鹿な。そんな、馬鹿な。嘘だ。有り得ない。<br />
　だって彼は男で、自分もまた男で。世の中には同性に恋愛感情を抱く人もいることはもちろん知っているが、自分にそんな嗜好があるはずがない。彼のことはもちろん好きだけれど、それはあくまで友愛であって、恋愛ではない。<br />
　つまりは、それほどに彼が特別だということだろう。極端な話、殺人以外のことなら、彼がなにをしようと全て許してしまえるだろう自覚がある。<br />
「黒羽は特別だ。俺にとってのお前がそうであるように、お前にとっての俺もそうなのかも知れないだろ。だからそれはお前が俺を好きだという証拠にはならない」<br />
　きっとその『特別』を恋愛と勘違いしているんだろう、と。<br />
　そう説明してやれば、友人はなぜかくしゃりと顔を歪めた。<br />
「くろ、」<br />
「勘違いなんかじゃない&hellip;&hellip;好きだから、工藤のことが大好きだから、キスしたんだ。ずっとずっと好きだった。<br />
　三年前からずっと、俺は新一だけを想ってきたんだ！」<br />
　そう怒鳴った友人の目から、またも涙が溢れ出した。<br />
　これまで泣き顔など見せたこともない男が、今日はまるで箍が外れたかのように泣いている。それほどに感情を高ぶらせている。<br />
　けれど新一にはその理由がまるで分からず、ただ狼狽えた。<br />
　三年前と言えば、自分はまだ彼と知り合ってもいない。探偵として顔が売れているため、知らない相手に惚れられたこともないではなかったが、しかし彼は本命に告白したけれど本気にされなかったと言っていたではないか。それなら、こんな印象的な男から告白されて覚えていないはずがない。<br />
「でも俺は、お前に告白された覚えなんかないぞ」<br />
　だからそう答えるしかなかったのだが。<br />
「&hellip;工藤は覚えてないんだね&hellip;」<br />
　そんな風に悲しそうに言われれば、身に覚えのないことなのに、自分がもの凄く酷い男のような気になった。<br />
「あの時も、工藤は今みたいに本気にしてくれなかった。男の俺が男のお前に惚れるなんて有り得ないって、まともに相手にもしてくれなかった。だけど、俺はちゃんと告白したよ。告白して、好きだから付き合ってくれって伝えた」<br />
「う、嘘だろ&hellip;？」<br />
「覚えてないってことは、工藤にとっては覚えておくほどの価値もなかったってことかな&hellip;」<br />
　寂しそうにそう言って、友人は無理な笑顔をつくった。<br />
　それを見た新一の心臓がギクリと凍った。<br />
　黒羽快斗は感情豊かな男で、よく笑う男だったけれど、そのどれもが心からの笑みだった。マジシャンとして観客に向ける笑顔ですら、自分のマジックを見に来てくれた人たちへの心からの感謝の表れだった。<br />
　その男が、今、作り笑いを浮かべている。まるでそこに見えない壁でも作られたかのような心地がした。<br />
　黒羽、と、確かめるように名前を呼べば、友人はまだ涙に濡れたままの顔でにっこりと笑みを浮かべ、それから新一が恐れていた通りのことを口にした。<br />
「困らせてごめんな。工藤の一番だって言ってもらえて、もしかしたら、って勘違いしたんだ。でも、もう困らせないから。工藤を好きな気持ちは捨てられないけど、工藤が嫌がることはしないって決めたから」<br />
<br />
　だから――今までありがとう。<br />
<br />
　引き寄せられた耳元でそう囁かれたと認識した時には、友人はもうリビングの扉に手をかけていて。<br />
　黒羽っ、と名前を叫んでも、彼はもう足を止めてくれなかった。<br />
　慌てて後を追って飛び出た廊下に彼の姿はなく、外まで飛び出しても彼を見つけることはできなかった。<br />
「うそ、だろ&hellip;？」<br />
　今までありがとう、なんて。そんな、もう会えないみたいな。<br />
　現実的に考えるなら、同じ学部で取っている授業も全て同じなのだから、大学に行けば会えるはずなのだが。彼に本気で避けられたら、新一には彼の姿を視界に入れることさえできないような気がした。<br />
<br />
　そしてその予想が外れていなかったことを、早くも翌日には思い知らされたのだった。<br />
<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>クロキ安曇</name>
        </author>
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  <entry>
    <id>avalonist.blog.shinobi.jp://entry/17</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://avalonist.blog.shinobi.jp/ss/%E8%9C%9C%E6%9C%88%E3%81%AE%E3%81%95%E3%81%95%E3%82%84%E3%81%8D%E3%80%8016" />
    <published>2010-09-02T11:25:17+09:00</published> 
    <updated>2010-09-02T11:25:17+09:00</updated> 
    <category term="SS" label="SS" />
    <title>蜜月のささやき　16</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
「悪いな、その日は予定があるんだ」<br />
「飯ならもう済ませちまったよ」<br />
「これから警視庁に行かなきゃならねーんだ。また今度でいいか？」<br />
<br />
　そんな言葉で、もう何度友人からの誘いを断っただろう。<br />
　もちろん偶然などではない。中には本当に警視庁から呼び出しをを食らっていたこともあったが、なかったらなかったで別の理由を捏造するのだから、わざとであることに変わりはない。<br />
　要するに、新一は友人を――黒羽快斗を避けていた。<br />
　これまでは、多い時には週の半分以上を工藤邸に泊まっていくことさえあった彼を、この一週間は家に上げることさえしなかった。<br />
　理由は単純明快だ。彼と二人きりになりたくなかったからである。<br />
　新一はどうも自分が押しに弱く流されやすいということに、最近になってようやく気づいた。いや、普段はむしろ押しが強い方だと思うのだが、どうもあの友人にだけは強く出られないようなのだ。<br />
　あの時も、あの時も、あの時も――別に相手に強引な態度に出られたわけでもないのに、新一は友人の頼みを断ることができなかった。断って彼に悲しい顔をさせたくなかったし、滅多に人に頼らない相手だからこそ、自分にできることならなんでも叶えてやりたいと思ってしまうのだ。<br />
　それが普通の頼み事ならなにも問題はないのだが、キスをしたり抱き合って睦言めいたことを囁いたりするのは、なにか違う。<br />
　そのことに今更になって気づいた新一は、もう二度と妙な雰囲気にならないためにも、友人と二人きりになるのを避けていた。<br />
　二人きりにさえならなければ、彼はいつも通りの黒羽快斗だった。新一のことを名前で呼びもしなければ、キスを仕掛けてくることもない。<br />
　そもそもあの日――大学の医務室に運ばれた日――酔ってもいないのに、彼がなぜ新一のことを名前で呼び、キスをしてきたのか、それは今でも分からない。あれ以来二人きりになるのを避けてきたし、誰かに聞かれたい話ではないから、今日まで聞けずにいる。<br />
　しかしあの日以来友人にそうした素振りはないし、二人きりになることさえ避ければ、今まで通り普通の友人として付き合っていけるのだと新一は思っていた。<br />
　だから新一は、大学では相変わらず彼と二人で行動しながらも、プライベートで彼と二人きりになることだけは全力で避けていた。<br />
　その変化を友人がどう思っているのか。<br />
　はっきりと聞いたことはないが、彼の物言いたげな顔を見れば、納得していないことは聞くまでもなく分かっていた。<br />
　そしてあの日からきっかり一週間が経ったその日――新一が恐れていた一言を、友人がとうとう口にした。<br />
<br />
「俺、工藤に避けられてるよね」<br />
<br />
　大学からの帰り道。<br />
　今日も今日とて夕食に誘ってきた友人に、いい加減言い訳も尽きてきた新一が返答に窮していると、友人は見たこともないような悲しそうな笑みを浮かべながら、悲しそうな声でそう言った。笑っているのに、まるで泣いているようだ。新一は胸がぎゅっと締め付けられ、その痛みから逃れるように目を逸らした。<br />
「そんなこと&hellip;、」<br />
「あるだろ。気づかないほど、鈍くないよ」<br />
　当たり前だ。鈍いどころか、この男ほど鋭い人を新一は他に知らない。<br />
　巧い言い訳も思い浮かばずに焦っていた新一は、友人を見てぎょっと目を瞠った。<br />
　彼の目からは、涙が溢れていた。<br />
「くっ、くろ――&hellip;」<br />
「俺、嫌われちゃった？　工藤にあんなことしたから、もう工藤の一番じゃなくなっちゃった？」<br />
　友人の頬をぽろぽろと涙が伝う。<br />
　彼がそんな風に泣くところを――そもそも泣くところ自体を初めて見た新一は、大いに狼狽した。<br />
「ばか、そんな、嫌うわけないだろ」<br />
「でも、俺のこと避けてる」<br />
「だから避けてなんか&hellip;、」<br />
「避けてるよ。だって、工藤といる時間が減った。一週間、ずっと寂しかった」<br />
　あまりにもストレートな訴えに、新一は言葉を詰まらせた。<br />
　どうしよう。どう考えても自分が彼を泣かせているのに、彼の言葉が嬉しいなんて。不謹慎すぎる。<br />
　それでも、新一だってこの一週間は寂しかったのだ。これまでだって彼がいない日はもちろんあったというのに、こんな時に限って、一人きりになった途端なにをしていいのか分からなくなってしまった。なにをしても悲しそうな友人の顔がちらついて、なにも手につかなかった。<br />
　だから、同じように彼も寂しく思っていてくれたことは単純に嬉しかったのだ。<br />
「工藤が怒ったんなら、謝る。工藤が嫌なら、もうしないから。だから&hellip;嫌いにならないで」<br />
　さらにぼろぼろと涙を零す友人に焦り、新一は右手の袖をぐいと引っ張ると擦らないように気をつけながら涙を拭った。<br />
　けれど、拭っても拭っても友人の涙が尽きることはない。<br />
　キリがないそれに、新一は堪らなくなって友人の頭をぐいと抱き込んだ。<br />
「だから、嫌いになんてなるわけねーだろ！」<br />
「&hellip;&hellip;ほんと？」<br />
「本当だ。ちゃんとお前が俺の一番のままだから、安心しろ！」<br />
「ほんとに？　俺のこと、怒ってない？」<br />
「怒ってもいない。ただちょっと&hellip;&hellip;びっくりしただけで&hellip;&hellip;」<br />
　思い出して、カッと頬に血が上る。そもそも彼はどうして自分にキスしたりしたのか。<br />
　ちょうどいい機会だからと口を開きかけたところで、ハタと新一は気づいた。いつの間にやら遠巻きにちょっとしたギャラリーが出来上がっている。<br />
　それもそのはず、ここは大学の通路のど真ん中で、つまり自分たちはそんなところでこんな恥ずかしい遣り取りをしていたのだ。ただでさえ名前も顔も知れ渡った東都大学の有名人二人、しかも友人は人目も憚らず盛大に泣いているのだ、これで注目されないはずがない。<br />
　新一は大いに焦った。なにかまずいことを口にしなかったか、と。事故みたいなものとは言え、男同士でキスしたなんて、知られるわけにはいかない。<br />
「とっ、とにかく場所を移すぞ！」<br />
　新一はそう言うなり子供のように泣いている友人の手を掴み、モーゼの海の如くサッと拓けたギャラリーたちの合間を早足で潜り抜けると、正門を出たところで拾ったタクシーにさっさと乗り込んだ。<br />
　ゆっくり話ができるところとなれば自宅をおいて他になく、この一週間頑なに拒んでいたはずの友人を連れ込むために、新一は運転手に自宅の住所を告げた。<br />
　そこでようやく一息吐いて友人を見遣れば、涙こそ止まっていたものの、俯いているためにその表情は窺えない。けれど、新一が咄嗟に握ったはずの手はいつの間にか指と指を絡めるようにぎゅっと握られていた。<br />
　新一は僅かに逡巡した後、そのまま握っておくことにした。<br />
　第三者の視線は気になったけれど、この位置ならバックミラーでも見えないだろうし、なによりここでこの手を振りほどいたらまた彼を泣かせてしまうかも知れない。<br />
　新一は安心させるように、きゅっと力を込めて握り返した。<br />
　間髪置かずにそれ以上の力で握り返されたことが、なんだかひどく胸に響いた。<br />
<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>クロキ安曇</name>
        </author>
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    <id>avalonist.blog.shinobi.jp://entry/16</id>
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    <published>2010-08-27T20:02:52+09:00</published> 
    <updated>2010-08-27T20:02:52+09:00</updated> 
    <category term="SS" label="SS" />
    <title>蜜月のささやき　15</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　なにが起きているのか。どうしてこんなことになっているのか。<br />
　口内に忍び込んだ舌を拒むことも押し返すこともできず、新一はただ必死で考えていた。<br />
　友人の口と自分の口がくっついていて、舌と舌が絡んでいるということは、これはキスなのだろうか。だとすれば、どうしてそんなことをしているのか。<br />
　普通、友人同士でキスはしないだろう。服部の顔を思い浮かべてみて、新一はすぐにその顔にバツをした。<br />
　――有り得ない。想像しただけで鳥肌が立った。<br />
　服部だって決して顔は悪くない。この友人に比べれば落ちるが、裏表のない笑顔には好印象を持てるし、性格的にもいい奴だ。ちょっと煩いが。<br />
　それでも、服部と顔面を五センチ以下の距離に近づけることなどできそうもなかった。どうすればそんな状況に陥るのかも想像つかないが、もしそんなことになろうものなら防衛本能が働いて蹴り飛ばしてしまうに違いない。この上マイナスなんて論外だ。有り得ない。とんでもない。冗談じゃない。<br />
　そんな勝手な想像でおののいていると、新一の気が逸れたことに気づいたのか、友人はキスを一層深いものへと変えた。<br />
「&hellip;&hellip;ん、ん&hellip;&hellip;っ」<br />
　あまりの気持ちよさに思わず声が漏れる。甘ったるい、鼻から抜けるようなそれが恥ずかしくて、けれど振り払って逃げ出したいとは思えなくて。<br />
　服部相手では想像しただけで鳥肌が立つのに、なぜか彼とするキスは平気だった。それどころか、もっとそうしていたいとまで思った。<br />
　彼と服部と、いったいなにが違うのか。程度の差はあれど、同じ男前で、同じ気の置けない友人で。それなのに服部は駄目で、彼なら平気なのはなぜなのか。<br />
　一番の親友だからなのか。<br />
　それとも――もう散々にキスをした所為で、感覚が麻痺してしまったのか。<br />
　けれどそれは新一の話で、友人にその記憶はないはずだった。酔って新一を女と見間違えてキスをして、そして彼は記憶を吹っ飛ばしてしまったはずだった。<br />
　それなのに、どうして酔ってもいない今、こんなことになっているのか。<br />
「んっ、&hellip;&hellip;ろば、も、はなせ&hellip;&hellip;っ」<br />
「&hellip;&hellip;違うだろ？　ちゃんと、呼んで？」<br />
　なんとか唇から逃れれば、友人はそっぽを向いて露わになった耳朶に吹き込むようにそう囁いた。<br />
　背筋がぞくぞくして、なにも考えられなくなる。頭の中を彼の声だけが木霊している。<br />
「しんいち&hellip;&hellip;？」<br />
　懇願するように名前を呼ばれ、新一は友人の服をぎゅっと握り締めた。<br />
　なにを求められているのかは分かっているつもりだ。彼は名前を呼ばれたがっていた。<br />
　けれど、ここで彼の名前を呼んでしまえばなんだかいろんなものが変わってしまいそうで、簡単に口にすることができなかった。<br />
　もし呼んでしまえば――きっと新一にはもう、彼を拒むことができなくなる。こんな風に名前を呼ばれ、抱き締められ、キスされることを。それどころか、自分から求めてしまうかも知れない。<br />
　だって、彼の腕の中は堪らなく心地いいのだ。全身で己を求めてくれているのが分かるから、安心して全てを委ねることができる。それに、人気者で愛想もいいくせに、肝心なところには誰も踏み込ませないこの男が、自分にだけは甘えた顔を見せてくれるのが、実はなによりも嬉しい。自分が彼の特別だと、何度も言われたその言葉をまるで体現されているようで。<br />
　だから困るのだ。だって勘違いしたくなる。自分が彼の特別なら、彼を自分のものにしてしまってもいいじゃないかと思いそうになる。誰にも――彼の友人にも、彼を好きだという女の子たちにも、あまつさえ彼が片思いをしている相手にさえも、渡したくなくなってしまう。<br />
　友人相手にこんな独占欲を抱く自分は、どこかおかしいのかも知れない。<br />
　だからそれを秘密にするためにも、彼の名前を呼ぶことはできない。<br />
　それでも、だ。<br />
「しんいち&hellip;&hellip;」<br />
　寂しそうに零される声があまりに切なくて、新一は服を掴んでいた手を背中に回すと、ぎゅっと抱き締めた。<br />
　驚いたように一瞬固まった友人も、すぐに新一以上の力を込めて抱き締め返してくる。まるで温もりに餓えた捨て犬のようだ。<br />
　誰からも好かれているくせに、この男は自分なんかを一番にして、自分に名前を呼んでもらえないだけでこんなにも寂しそうな声を出すのだ。<br />
　彼のそんな声を聞いていると、なにもかもどうでもよくなってしまう。<br />
　だって彼は自分の一番の友人で、彼の望むことなら、自分はどんなことでも叶えてやりたいと思っているのだから。<br />
「お願い、しんいち&hellip;&hellip;」<br />
　トドメのお強請りに、覚悟を決めた新一が思い切ってその音を声に乗せようとした、その時。<br />
<br />
「&hellip;&hellip;か、」<br />
<br />
「――すみませーん、黒羽君いますか？」<br />
<br />
　ガラガラと引き戸が引かれる音と同時に友人の名を呼ぶ声が聞こえ、新一は息ごと声を飲み込んだ。<br />
　その瞬間、一気に現実が戻ってくる。<br />
　大学の医務室のベッドの上、今にも顔と顔がくっつきそうな距離で友人と抱き合って、名前を呼ぶ呼ばないのと、まるで恋人同士の睦言のような会話を交わして。<br />
　自覚すると同時に一気に熱が再発した。いや、忘れていた熱を認識したと言うべきだろう。キスをされた辺りから、もうずっと心臓はフルスロットルだった。<br />
　そうして動揺する新一を余所に、カーテンの向こうからは友人を訪ねてきたらしい女子学生と保険医の暢気な会話が聞こえてくる。<br />
「あら、青木さん。どうしたの？」<br />
「教授から頼まれものしちゃって。具合が悪くなった工藤君を黒羽君が連れて行ったって聞いたから、ここにいるんじゃないかと思ったんですけど&hellip;&hellip;」<br />
「それなら、そこのベッドで看病してくれてるわよ」<br />
　コツ、コツ、と歩み寄ってくる足音が聞こえ、新一はビクリと肩を跳ねさせた。こんな抱き合っているところを見られては、なにか変な誤解をされてしまう。<br />
　慌てて友人を見上げれば、どことなく不機嫌そうに顔をしかめていた彼は小さく溜息を吐き、にっこりと微笑んでから新一の額に唇を押し当てた。そのまま体を起こし、カーテンが開けられる前に新一を残して出ていってしまう。<br />
　きっと赤い顔をした新一を気遣ってのことだろう。だが、気遣うくらいなら最初からキスなんかしなければよかったのだ。そうすれば自分を残して出ていく必要もなかったのに。<br />
　そこまで考え、新一はハッとなって首を振った。<br />
　なんだかとてもまずい方向に思考が流されている。これじゃあまるで残されたのが寂しくて拗ねているみたいじゃないか。そんな馬鹿な。有り得ない。<br />
　ぷるぷると首を振る新一は、外から聞こえてくる会話を聞くともなく聞いていた。<br />
「あ、黒羽君！」<br />
「ごめんね、青木さん。教授から頼まれものだって？」<br />
「うん、この間のレポートのことで&hellip;&hellip;」<br />
　声しか聞こえないが、新一は青木と呼ばれた女子学生の姿を正確に思い浮かべることができた。なぜなら彼女は自分たちと同じ心理学部の生徒で――黒羽快斗の彼女だった人だった。いつかのクリスマスに、彼が新一に付き合ったがために別れることになってしまった、あの彼女だ。<br />
　新一はぎゅっとシーツを握り締めた。<br />
「それにしても&hellip;&hellip;こうやって話すの、久しぶりだよね」<br />
「ああ&hellip;&hellip;そうだね」<br />
「黒羽君は、今は誰かと付き合ってるの？」<br />
「いや。前に話しただろ？　今俺、例の本命に猛烈アタック中なの」<br />
「そうなんだ&hellip;&hellip;！　うまくいくといいねえ」<br />
「ありがとう」<br />
　なんだか、気持ちが悪い。新一は白くなるほどに唇を噛み締めた。<br />
　そうだ。彼にはもう三年も片思いしている思い人がいるのだ。そしてあの日、「本命が忘れられないから本命以外とは付き合わない」と宣言した通り、本命を口説いているのだという。たったそれだけのことだ。再確認するまでもなく、知っていたことのはずだ。<br />
　なのに、なぜ、こんなにも動揺している？<br />
　――分かってる。<br />
　まずいと思っていたはずなのに、勘違いしてしまったのだ。彼を自分のものにしてもいいのだと。誰にも渡さなくていいのだと。<br />
　もちろん、そんなはずはない。この男は自分のものではない。今は誰よりも自分の傍にいてくれるけれど、所詮はただの友人だ。いずれは思い人のところへ行ってしまう。今のように、自分を残して。<br />
　――勘違いしては駄目だ。思い上がるな。じゃないと、後で泣きを見ることになるぞ。<br />
　呪文のように己に言い聞かせ、新一は一度だけきつく目を瞑ると、ベッドから起き上がった。<br />
　頭に昇っていたはずの熱もいつの間にか下がっていた。それでも今日はもう授業を受ける気にはなれなかった。<br />
「あっ、おい、起きて大丈夫なのかよ？」<br />
　話の終わったらしい友人が戻ってきて、起き上がった新一に慌てて駆け寄る。<br />
　新一はにっこりと笑いかけた。<br />
「ああ、平気だ。けど、念のために宮野に診てもらうことにするよ」<br />
「そ、う？　&hellip;じゃあ送って、」<br />
<br />
「――黒羽」<br />
<br />
　はっきりと名字を呼べば、友人はなぜか泣きそうな顔をした。<br />
　いつもならぐらりと揺れる新一も、今日ばかりは微塵も揺るぎない。<br />
「博士に迎えを頼むから、お前はちゃんと講義に出ろ」<br />
「&hellip;&hellip;でも」<br />
「次、必修だろ？　俺の分もちゃんと聞いといてくれよ。ノート、期待してるぜ」<br />
　なにかを言いかけた友人の声を遮ってそれだけ言うと、新一は保険医に「お世話になりました」と声をかけて医務室を後にする。<br />
　背中に突き刺さるような視線を感じながらも、新一は決して振り返らなかった。<br />]]> 
    </content>
    <author>
            <name>クロキ安曇</name>
        </author>
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    <id>avalonist.blog.shinobi.jp://entry/15</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://avalonist.blog.shinobi.jp/ss/%E8%9C%9C%E6%9C%88%E3%81%AE%E3%81%95%E3%81%95%E3%82%84%E3%81%8D%E3%80%8014" />
    <published>2010-07-22T01:20:03+09:00</published> 
    <updated>2010-07-22T01:20:03+09:00</updated> 
    <category term="SS" label="SS" />
    <title>蜜月のささやき　14</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
　あれから、また数日が経った。<br />
　あの日は一日中様子がおかしかった友人だが――というのも、なにか言いかけては口を閉ざしたり、なにかを訴えるようにじっとこちらを見つめてきたりしたのだが――翌日にはもういつも通りの彼に戻っていた。<br />
　そのことに新一は内心でほっと安堵した。たとえ友人の頭からあの晩の記憶がすっぽりと抜け落ちていようとも、新一の優秀な頭脳は鮮明に覚えていた。彼の言葉も、彼の体温も、――唇の感触も。<br />
　不意に思い出しかけて頭を振る。諸々のマズイ記憶とともに封印したはずなのに、こうして時折ひょっこりと顔を覗かせるのは、やはり脳みそのデキが宜しいからだろう。こんな時ばかりは優秀すぎる頭脳も考え物だ。<br />
　それに、だ。<br />
　彼に無言で見つめられると落ち着かないのだ。<br />
　まさか――まさか――覚えているのではないか、と。酔って自分に迫った挙げ句、キス、してしまったことを覚えているのではないか、と。そう思うと、恥ずかしく感じるどころか、肝が冷えた。<br />
　酔っ払いの勢いに流されたとは言え、抱き寄せられ、抱き締められ、好きだの愛してるだのと散々囁かれ。それだけでも有り得ないほどに恥ずかしいのに、彼にせがまれるまま、何度も何度も彼の名前を呼んだ。挙げ句が、キスだ。それも一度や二度ではない。自分の記憶が確かなら、酸欠やら精神的なオーバーロードやらで自分の意識が吹っ飛ぶまでの数十分間、ずっとキスし続けていたのだ。<br />
　自分も酒が入っていたとは言え、新一が飲んだのはたった一杯のカクテルだ。抵抗しようと思えばいくらでもできたはずだ。彼を突き飛ばすことだって、最悪、蹴って気絶させることだってできたはずだ。<br />
　それなのに。<br />
　新一が取った行動と言えば、酔って自分を女と勘違いしている彼にただひたすら流されて、未だかつて誰とも交わしたこともないような濃密なキスを延々と交わし、意識をすっ飛ばした上に彼の腕の中に抱かれて眠りこけて。<br />
　そんな自分のとんでもない大失態を万が一にも覚えられていた日には、もう顔も合わせられない。<br />
　いや、新一に気を遣ってなにも言わないだけで、本当はもう呆れられているのかも知れない。<br />
　そうして悩み出せばキリがなかった。<br />
　だから、あれから数日、彼の態度が普段のそれのままであることに、新一は心底ほっとした。まだ彼と友人でいられるのだ、と。<br />
<br />
「――工藤。工藤ってば」<br />
　間近から声をかけられ、新一の肩がびくりと跳ね上がった。気づけばたった五センチほどの距離に友人の顔があり、下から見上げるようにこちらを見つめている。<br />
　顔の近さにも驚いたが、吸い寄せられるようにその唇を凝視してしまい、新一は慌てて視線を逸らした。<br />
　意識しているとバレたら駄目だ。新一はなるべく平静を装った。<br />
「ななななんだよ」<br />
　&hellip;&hellip;なるべく、だ。どんなに頑張ってもどもってしまうのだから仕方ないじゃないか。バコバコ煩い心臓も赤くなる顔も、もうどうしようもない。<br />
「なにって、もう講義終わってるんだけど&hellip;&hellip;教室移動しねーの？」<br />
「&hellip;&hellip;へ？」<br />
　そう言われてきょろりと周りを見渡せば、教授の姿は疾うになく、学生の姿もまばらにしかない。どうやら思考に没頭している内に講義は終わってしまっていたらしい。特別真面目に聴講しているわけではないが、一時間まるまる意識を飛ばしていた自分に自分で呆れてしまう。<br />
　唖然とする新一を心配してくれたのか、友人は存外真面目な顔で新一を見つめてきた。<br />
「ここのところよくぼーっとしてるよな。顔も赤いし、熱でもあるんじゃねーのか？」<br />
「そっ、そんなことねーよ」<br />
「ほんとに？」<br />
　諸悪の根元たる友人が疑わしげに眉を寄せる。しかし「オメーの所為だろ！」と怒鳴ってやることもできない。<br />
　本当だ、と頷く新一だったが、新一の言葉だけでは信用できないと思ったのか、友人はさらりと前髪を掻き上げたかと思うと、新一の額と自分のそれをコツンと合わせてきた。<br />
　新一は絶句した。<br />
　だってこの距離は、忘れもしないあの晩、とろけそうな愛を囁きながら新一の唇を何度も奪った時と同じ距離だ。ほんの少し動いただけで簡単に唇が触れてしまう、それほどの距離だ。<br />
「――っ！」<br />
　新一の顔が一瞬にして茹で上がった。頭の中までも沸き返る。<br />
　直にその変化を感じ取った友人が慌てたように言った。<br />
「工藤、すごい熱だ。お前、ほんとは具合悪いんだろ？」<br />
「う&hellip;&hellip;そ、そう、かも&hellip;&hellip;」<br />
　なんでもいいからもう離して欲しい。<br />
　その一心で適当なことを言った新一だったが。<br />
「なら、医務室に行った方がいいな」<br />
　言うなり友人はまたも新一を抱き上げ、多くの学生が見守る中、医務室へと向かって駆けだした。<br />
　まだ教室に残っていた女生徒たちから黄色い悲鳴があがる。<br />
　咄嗟に反応できなかった新一はその悲鳴で我に返り、こちらを見ながらきゃあきゃあと騒ぐ彼女たちに気づくと、とんでもないことをしでかしてくれた友人の腕の中から逃れようと暴れ出した。<br />
「くっ、黒羽！　なにしてんだよっ、自分で歩ける！」<br />
「馬鹿言うな。そんな熱で、階段でも踏み外したらどうすんだよ」<br />
　顔が赤いのは熱の所為じゃない、誰がそんなドジ踏むか、と思った新一だったが、動揺しまくった今なら有り得ないことでもないような気がして、思わず口籠もる。<br />
　その隙に友人は人ひとり抱き上げてるとはとても思えない身軽さで階段を駆け下りていく。<br />
　道々すれ違う学生たちの驚いたような顔が見ていられなくて、新一はもういっそ人事不省状態を装ってしまえと、顔を隠すように友人の胸に頭を預けた。<br />
　大して体格も変わらないはずの同い年の男に軽々と抱え上げられてしまう事実は悔しいが、自分のことを心配してのことだと思えば怒る気も失せてしまう。新一だって彼が熱を出して倒れていれば、無茶でもなんでも抱えて運ぶくらいのことはするだろう。<br />
　そうしてひたすら羞恥に耐えている間に医務室に到着し、両手の塞がっている友人は器用にも足で扉を開けると中へ入った。<br />
「あら、黒羽君？」<br />
　常駐の保険医はすぐに訪問者に気づいた。<br />
「どうしたの&hellip;&hellip;って、工藤君っ？」<br />
「すみません、ちょっと熱があるみたいなんで寝かせてやってもいいですか？」<br />
　そう言うなり友人は保険医の返事も聞かずにさっさとベッドに新一を下ろした。<br />
　別に具合が悪いわけでもなんでもない新一はおろおろしている保険医を申し訳なく思ったが、ここまで友人に抱き上げられて運ばれてしまった手前、せめて病人らしく振る舞わなければそんなことをされた理由がなくなってしまうからと、大人しくベッドを拝借することにした。<br />
「熱って&hellip;&hellip;風邪かしら？　解熱剤でも処方しましょうか？」<br />
「いえ、俺が看てるから大丈夫ですよ」<br />
「なに言ってるの。貴方は医者じゃないでしょう？　それに授業だって&hellip;&hellip;」<br />
「工藤のことなら先生よりも俺の方が詳しいですよ。主治医からもよろしく頼まれてるし、下手な薬を投与されても困りますから」<br />
　医者の勤めを果たそうとした保険医を、友人はばっさりと両断した。<br />
　だがそれも仕方ない。新一は例のＡＰＴＸ４８６９の影響で安易に薬物を摂取できない体になっていた。<br />
　もちろんそんな毒薬を飲んだことや新一が小学一年生の体に縮んでしまっていたことを友人が知る由はなかったが、常に一緒に行動し、何度も無茶をして寝込んだところを介抱される内に、今では主治医である宮野志保からもすっかり保護者として認定されている。そのため、どれが摂取可能な薬物なのかなど、新一よりも詳しいくらいだった。<br />
「工藤のことは俺に任せて下さい」<br />
　にっこりと、妙に迫力のある笑みで見返され、気の毒な保険医はたじろいだ。<br />
　普段は無駄に愛想がいいくせに、この友人は健康面には殊更煩いのだ。新一が捜査協力で倒れた時など、いったいなにを言われたのか、青ざめた目暮警部に土下座する勢いで謝られたこともあった。<br />
　気の毒な保険医がすごすごと引き下がると、友人はカーテンを引いて即席個室を作り、新一の髪をさらりと撫でてきた。<br />
「工藤、大丈夫か？　辛くない？」<br />
「&hellip;&hellip;平気、だ」<br />
　頭に昇っていた血もだいぶ下がってきたし、もともと体調など悪くないのだから全く問題ない。髪を梳く友人の手つきのあまりの優しさに、また熱がぶり返しそうではあったけれど。<br />
　すると友人は心底ほっとしたように柔らかい笑みを浮かべた。<br />
「よかった&hellip;&hellip;頼むから無茶だけはするなよ。俺はいつだって工藤のこと、心配してるんだから」<br />
「バーロー、俺はそんなにヤワじゃねーよ」<br />
　負けず嫌いが顔を出して思わず反論すれば、友人は苦笑しながら掌でそっと頬に触れた。<br />
「そういうことじゃなくて。工藤のことが大好きで、大事だから」<br />
　そのままするすると頬を撫でられ、新一の熱は一気にぶり返した。<br />
　だから、どうしてこの男はそういう台詞を臆面もなく吐けるのか。「大好き」なんて、普通、友だち同士で言ったりするだろうか。<br />
「バっ、バーロ！　そういうのは、だから、おお女に言えってんだ&hellip;！」<br />
「言わないよ。俺の一番は工藤だって言っただろ？」<br />
　するりと、頬を撫でていた手が額に伸び、前髪を掻き上げる。そのまま覆い被さるように上体を屈めてきた彼がなにをするつもりなのかと、新一は近づいてくる顔に耐えきれずにぎゅっと目を瞑った。<br />
　心臓がまた馬鹿になっている。顔どころか体中熱くて、いっそ燃えてしまえば水をかけてもらえるのにと、馬鹿なことを思った。そうすればこのどうしようもない熱も引いてくれるかも知れない。<br />
　けれど、もちろん彼が水を浴びせてくれるはずもなく、降ってきたのは彼の唇だった。<br />
　額に、瞼に、鼻先に、頬に。羽根のような優しさで何度も降り注ぐそれに、新一の体温はいや増すばかりだ。<br />
「ちょ&hellip;&hellip;、なに、して&hellip;&hellip;！」<br />
「ん&hellip;&hellip;早く元気になるように、おまじない」<br />
　全く逆効果だとも知らず、友人の『おまじない』は続く。<br />
　けれど唇のすぐ横にまで『おまじない』をされ、新一は焦った。酔っている時ならまだしも、素面の時にキスをしたのでは冗談にならない。<br />
　焦って目を開けた新一は、けれど。<br />
<br />
「――大好き、新一」<br />
<br />
　そう言ってやけに男くさく笑った友人の顔が、目の前で。<br />
　抗う暇もなく、新一の唇は彼のそれで塞がれていた。<br />]]> 
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            <name>クロキ安曇</name>
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    <published>2010-07-16T10:56:57+09:00</published> 
    <updated>2010-07-16T10:56:57+09:00</updated> 
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    <title>蜜月のささやき　13</title>
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      <![CDATA[<br />
　風呂から上がった新一は、早速後悔していた。なにをって、もちろんアレだ。一緒のベッドで寝ようなどと約束してしまった自分の馬鹿さについてと、友人に飲酒を許してしまった自分の愚かさについて、だ。<br />
　彼は新一の部屋にいた。リビングの灯りが消えていたから部屋にいるのだろうと当たりを付け、彼に風呂を勧めるために、新一は湯上がりにバスローブを引っ掛けた姿でさっさと部屋に上がった。案の定、友人はそこで宣言通りにウイスキーを飲んでいたのだが&hellip;&hellip;<br />
<br />
「しんいち&hellip;&hellip;」<br />
<br />
　忘れもしないあの日、あの夜、新一の脳髄を掻き回し、掻き乱し、シナプスに甚だしい障害をもたらしたあの艶めいた低い声が、新一の名を呼ぶ。<br />
　その瞬間、新一は悟った。<br />
　――この男は酔っている。<br />
　普段、彼は新一のことをファミリーネームで呼ぶ。別に呼び方にこだわりがあるわけではないが、呼ばれ慣れないからこそ、ファーストネームで呼ばれたただ一度の記憶は新一の中にきっちりと刻み込まれていた。そしてその記憶は固く封印したはずのあの台詞までもを甦らせるのだ。<br />
　愛してるよ、しんいち――と。<br />
　その途端、新一の体温は急上昇した。アドレナリンが噴出し、心臓が信じられない速さで暴れ出す。彼の声で呼ばれる自分の名前、その響きを思い出すだけで、新一の体は己の意志を離れて制御不能に陥る。<br />
　こうなると分かっていたから封印したのに。<br />
　またあの恥ずかしい告白攻撃にさらされるのだろうか。そうだとして、自分はそれに耐えきれるだろうか。あの時のように逃げ出そうにも、ここが新一の部屋なのだ。どこにも逃げ場はない。<br />
　そうこうして新一が狼狽えている隙に、いつの間にか新一の手を取っていた友人はそっとその手を引き、ベッドに腰かける彼の腕の中へと閉じ込めていた。<br />
　新一は慌てた。このままでは本当にあの夜の二の舞だ。<br />
「くっ、くくく黒羽！　風呂、風呂空いたから！　入って来いよ！」<br />
「今は風呂よりしんいちがいい」<br />
「バ、バーロ、お湯が冷めちまうだろ！」<br />
「なら、しんいちが温めて&hellip;？」<br />
「――こ、の、酔っ払いめ&hellip;&hellip;！」<br />
　風呂上がりの所為ばかりでなく、体は燃えるように熱かった。その熱を分けてもらおうとでもいうように、友人の体が更に密着する。既に心臓は全力疾走だ。<br />
　なぜこんなことになったのか。新一は必死に考えた。<br />
　居酒屋で飲んでいた時の彼は、酔った素振りなどまるで見せなかった。それどころか家に帰ってきた時に新一を抱き上げて運んだほどだ。その時の足取りにもなんら怪しいところはなかったように思う。やや記憶が曖昧なのは友人の奇行に疲弊していた所為である。<br />
　それなのに、風呂から上がってみれば彼は完全に酔っていた。相変わらず顔には一切出ていないが、サイドテーブルに置かれたウイスキーのボトルは確実にその残量を減らしている。<br />
　けれど、新一が風呂に入っていたのは精々二十分ほどだ。長風呂好きな新一だが、客を待たせて長湯もあるまいと早めに出た。それなのに。<br />
「しんいち&hellip;&hellip;大好き、しんいち&hellip;&hellip;」<br />
　ぴたりと頬をくっつけて、鼓膜に直接吹き込むように睦言を囁き続ける友人。<br />
　新一はぎゅっと目を瞑った。熱く掠れた声が鼓膜を通じて骨の髄までもを震わせ、四肢から力を根こそぎ奪っていく。ここから抜け出すどころか、もう立ってさえいられない。<br />
「黒羽&hellip;&hellip;も、放せ&hellip;&hellip;」<br />
「だめだよ。俺から離れないで？　誰よりも俺の一番近くにいて」<br />
　そう言って彼は、手も、体も、グズグズに溶けてひとつになってしまいそうなほど、隙間なく体を密着させた。今や新一は彼の膝の上に向かい合って乗り上げている形で、背中にきつく回された腕は僅かな胸の隙間さえ許せないとばかりに抱き寄せている。<br />
　新一は眩暈を覚えた。近すぎる体の所為か、甘すぎるその言葉の所為か。きっとその両方だ。<br />
　酔っ払いの戯れ言だと分かっているのに、勘違いしそうになる。誰よりも彼の一番近くにいていいのだと。誰も、家族も友人も恋人も、誰ひとり入り込む隙がないほどこうしてきつく抱き合い、取り返しがつかないほどの近さで触れ合っていてもいいのだと。<br />
　だって、本当は自分だって離れたくない。自分の一番近くには、彼にこそいて欲しい。<br />
　そうして、また、吹き込まれる。<br />
　甘く、熱く、とろけるような――蜜を。<br />
<br />
「俺の全てで、お前を愛してあげる」<br />
<br />
　きゅう、と胸が締め付けられた。同時に、とろりと、何かが溶け出した。<br />
　それは胸の奥から溢れ出し、蜜が流れ出すような焦れったさで、ゆっくりと全身を浸していく。<br />
　もう、なにも、考えられない。<br />
「&hellip;&hellip;かい、と&hellip;&hellip;」<br />
　未だかつて呼んだことのない名を囁けば、彼は驚いたように目を見開いた後、今まで見た中で一番幸せそうに微笑んで。それはそれは嬉しそうに微笑んで。<br />
「うれしい。もっと、呼んで」<br />
　と、囁いて。<br />
　背中に回されていたはずの手が頬を包んでいた。くっついていたはずの頬は離され、正面から目と目が合った。額を合わせ、くすぐるように鼻先を擦りつけられて。そして。<br />
　彼の目が、閉ざされた。<br />
　その直後、唇に温かい感触を覚えた。<br />
　――なにも、考えられなかった。<br />
　軽く触れた唇が離れ、閉ざされた目が開かれ。じっとりと見つめてくる熱っぽい瞳を呆然と見返せば、今度は目を開けたまま、薄く開かれた唇が食むように何度も啄んできて。<br />
　それがキスだと気づいた頃には、他人の舌を口内いっぱいに迎え入れていた。<br />
「ふ&hellip;&hellip;っ」<br />
　苦しかった。口の中を知らない肉が暴れ回っている。<br />
　それでいて、優しかった。どうしていいのか分からずただ縮こまるしかない新一の舌を彼はやんわりと撫で、包み込み、そっと巻き込んでいく。<br />
　蜜をささやき続ける舌は、やはり甘かった。触れる先からとろとろにとかされていった。<br />
　新一はその甘さに酔いしれるように目を閉じ、そして――<br />
<br />
<br />
<br />
　気がつけば、朝だった。<br />
　やわらかく降り注ぐ日差しと優しく抱きしめる腕の中で、新一は目覚めた。<br />
　眠る新一を背中から包み込むように抱きしめて眠る友人。項にかかる吐息がくすぐったくとも、脇から差し込まれた両手がしっかりと腹の前で交差しているため、身動きも取れない。<br />
　初めはなにがどうなったのかまるで分からなかった新一だが、徐々に覚醒するにつれて昨夜の記憶が甦り、新一は言葉もなく身悶えた。<br />
　自分はいったいなにをしているのか。酔っ払いに流されて、あろうことか、友人と、その――キス、をしてしまっただなんて。<br />
　思い出すだけで消え入りそうになる。もうどんな顔をして彼に会えばいいのか。いや、会うもなにもすぐ後ろで密着して寝ているのだが。<br />
　とにかく、なぜこんなことになったのかと、新一は昨夜に続いて必死に考えた。昨日は友人の蜂蜜攻撃の所為で途中から意識を吹っ飛ばしてしまったが、今なら蜂蜜男は夢の中だ。考えるなら今しかない。<br />
　そもそも新一は男である。いくら酔っているからといって、男相手に告白できるものだろうか。あまつさえ、キス、をするなんて。人工呼吸でもない限り、新一には無理だ。それも、あんな舌を絡め合うようなキス、なんて。<br />
　思い出しかけて、新一は慌てて頭を振った。駄目だ。あの記憶も早々に封印しなければ。文明人らしい生活が送れなくなってしまう。<br />
　所々で脱線しつつも、新一はあるひとつの結論に達した。<br />
　非常に不本意ではあるが、それはおそらく母親似のこの顔の所為ではないか。<br />
　新一の母親は日本の元大女優で、引退して二十年経った今でも根強いファンを抱えている。その元大女優に似た顔を、不本意ながらも女と間違えられたのではないか、と。<br />
　人前では絶対に酔ったりしない友人だが、どうやら新一の前でだけは気が緩んでしまうようだし、酔った頭でなら自分を女と見間違うことも有り得ないことではないだろう。<br />
　一応の理由に思い当たった新一は、昨日の記憶を綺麗さっぱり忘れることに決めた。<br />
　友人相手に告白することだって十分恥ずかしいのに、その上キスまでしてしまったなんて、それを知れば彼はきっと落ち込んでしまうだろう。新一自身は犬に噛まれたとでも思えば済むことだが、きっと優しい彼は必要以上に気にしてくれるだろうから。<br />
　だから、ようやく友人が目覚めた時、新一は昨夜のことなどまるでなかったかのように平然と笑いながらこう言ったのだ。<br />
「おはよう、黒羽。覚えてないだろうけど、お前、昨日は随分酔ってたみたいで、風呂も入らず寝ちまったんだよ。だから、よかったら朝風呂してこいよ」<br />
　その時の友人の顔を、なんと言えばいいのか。呆然と、まるで信じられないものでも見るような、それでいてなぜか今にも泣き出しそうにも見えて、新一は首を傾げた。酔って記憶を飛ばしてしまったことがそんなにもショックだったのだろうか、と。<br />
　結局、何度か口を開こうと試みた友人はなにも言わずに、なんだかひどく肩を落としながらすごすごと風呂場へ消えていった。<br />
　その背中を見送る新一の頬は、ほんのりと赤かった。<br />]]> 
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            <name>クロキ安曇</name>
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