Posted by クロキ安曇 - 2011.05.16,Mon
新一は、とかく格好いい男だった。
元大女優である母親譲りの整った顔立ちは、すれ違う女性を思わず立ち止まらせるほどだし、推理作家である父親譲りの知性は、常に学年五位以内の成績をキープするほどである。その上彼はサッカー部のエースであり、しかもその実力は学生のクラブ活動におさまらず、プロのサッカー選手から声を掛けられるほどであった。
クラスメートや自称ファンの女の子たちが口々に言う言葉はこうだ――「工藤ってなんでもできるよな」「毎日フランス料理とか食べてそう」「年末年始は当然ハワイでしょ」
単純に羨む者もいれば、勝手な想像で妬む者までいる。
実際はと言えば、絶対音感はあるくせに信じられないほどの音痴だったり、放っておけば三食インスタントラーメンどころか食べなかったりだし、休日は一日中家でごろごろしている体たらくなのだが。
みんな新一に夢を見すぎているのだ。
しかし悲しいかな、その真実を知っているのは、もう十年以上も新一の世話を見てきた快斗だけだった。
(いや、もちろん母さんと父さんも知ってるんだけど)
なにせ中学生になったばかりの新一を置いてアメリカに移住してしまった工藤夫妻は、息子の世話を全面的に黒羽家に委任した。置いていく親も親だが、引き受けるうちの親もどうかと思う。
そうして気づけば、宵っ張りで朝に弱い新一を、快斗が十年間も毎日起こし続けてきたというわけだ。
寝ぼけ眼にあくびのオプションつきで、それでも「おはようございまーす」と挨拶しながら黒羽邸のリビングに現れた新一は、とてもクラスメートたちが言うような格好いい男には見えない。ネクタイは変な方向にひん曲がっているし、シャツはだらしなくズボンからはみ出しているし、どうにもならない後頭部のヘタのような寝癖は、最早トレードマークになっているし。
快斗は嘆息しつつも、慣れた手つきで新一の身なりを整えた。乱れたシャツを仕舞うのも、めちゃくちゃなネクタイを結び直すのも、快斗の仕事である。
「おはよう、新一君。今日はまた一段と眠そうねえ」
「はは。昨日出た新刊を読み出したら止まらなくなっちゃって」
「あらっ。昨日の新刊ってことは、優作さんのナイトバロンシリーズね。それじゃあ仕方ないわ、優作さんのファン第一号は新一君だもの」
「やめてくださいよ。確かに父さんの本は面白くないこともないですけど、ファンってほどじゃありません」
「ふふ、新一君もオトシゴロね~」
千影にからかわれてむくれる新一は、はっきり言って格好悪い。子供っぽくて知的さなど欠片もないし、朝食のパンに齧り付いたまま睨み上げているのだって行儀が悪い。快斗からすれば、こうしてむくれている新一は格好いいというより、むしろ。
(なんか可愛いんだよな……)
まるでちょっかいを出されて威嚇する小動物のようで――なんて変な方向に思考が飛びかけて、快斗は慌てて首を振った。
馬鹿な。新一が可愛いなんて有り得ない。
昔から、新一ほど強烈に凶悪で質の悪い男はいない、と常々思ってきた快斗だ。
あれは忘れもしない、快斗がまだ小学校二年生だった頃の話だ。快斗が二年生なら、新一だって当然二年生だ。その二年生だった新一が、六年生の上級生を幼稚園児さながらに大泣きさせたことがあった。
きっかけは至って単純。休み時間のグラウンドの陣地争いだ。快斗たちがサッカーをして遊んでいたところに、後から来た六年生が割り込んできたのだ。年齢差以上にどうにもならない体格差もあり、理不尽を感じながらも快斗たちは引き下がろうとした。
だが、新一は違った。
「だったら、試合して俺たちに勝てたら譲ってやるよ」
生意気だなんだと感じる以前に、勝負にもならないと思ったのだろう。なにせ、彼らの中にはジュニアに通う者もいたのだから。
相手は鼻で嗤いながらその話に乗った。
結果――六年生チームの惨敗。
当時、ジュニアに通っていたわけでもない新一に次々とゴールを決められ、逆に自分たちのボールは尽く止められて。
その後、いつの間にか集まっていたたくさんのギャラリーの中で大恥をかかされた彼ら――特にジュニアに通い、サッカーには自信のあった六年生は、逆恨みで新一に嫌がらせをするようになった。出会い頭に暴言を吐く程度なら可愛いものだったのだが、それはだんだんとエスカレートし、靴箱やら私物にまで悪戯をするようになった。
だが、流石の快斗も心配になりはじめた頃、その嫌がらせがぷつりと途絶えた。
どうしたのかと新一に尋ねてみれば、あっさりと。
「ああ、奴らが人の私物に悪戯している現場を押さえて、奴らの親に直談判したんだ。これは器物損害、立派な犯罪ですがどうしてくれますか、ってな」
どうやら教室に仕込んでおいたデジカメで犯行場面を押さえたらしいが、それにしても、その言動のあまりの子供らしくなさに、快斗は驚いたというよりむしろ引いた。流石は推理作家の息子というか、やることが突き抜けている。
しかも、そんなことをすれば余計に反感を買うのではないかと心配する快斗に、新一はまたもあっさりとこう答えた。
「心配すんなって。『今度はチームとして試合がしたいな。お兄さんのサッカー、とっても上手かったから』って、ちゃ~んとフォローいれといたからさ」
ガキみたいに大泣きしてたくせに、あの後妙に懐かれちまって鬱陶しいくらいだぜ――などと宣う新一に、快斗は最早どん引きだった。飴と鞭を使い分ける小学二年生。そんな言葉が脳裏を過ぎった。
あれから数年。
数え切れないほどの新一武勇伝を目にしてきた快斗にとって、工藤新一という男は絶対に敵に回してはならない、強烈に凶悪で質の悪い男だと常々思ってきたし、そう思っていることを本人にも隠さずにきた。
それなのに。
「かいとー、今日暇?」
「暇だけど……試験期間中……」
「バーロー、俺もお前も試験勉強なんて必要ねーだろ」
その通りだ。新一は常に学年五位以内の成績だし、自慢じゃないが、快斗は学年一位以外の成績を取ったことがない。しかも二人とも授業時間外の、所謂『試験勉強』をしたことがないのだから、クラスメートに知られたら恨まれそうな話である。まあその分、日頃の勉強を欠かさないのだが。
快斗がなにも言えずにいると、新一はまたあの笑顔を浮かべた。
「部活もねえし、久々にどっか遊びに行こうぜ」
そうしてまた、心臓が馬鹿になる。
楽しそうに笑う新一は、やっぱり可愛かった。
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